起承転結の“転”を前のめりに経験し、自分の人生を展開させる
約10年前の自分に向けて手紙をつづりました。
十年前の自分へ
元気かい?
いま君は、童話作家の新美南吉にあこがれて、自分でも物語を書きはじめたころだね。
作家の先輩たちからは、「君の書く物語は、起承転結の「起」のあたりで止まっているね」と言われた。
「物語のあとの部分は、読者の想像にまかせるんで」と、変にカッコつけて、先輩方の言うように、最後まで書ききることをしてこなかった。
そういう文章に対する姿勢というのは、自分の生き方にも出てしまうみたいなんだ。
十年後の自分は、相変わらず、ちゃんとした物語を書けていない。
そしてふと思ったんだ。
自分自身の人生って、物語としてみたら、あんましおもしろくないな。
そのおもしろくない人生を、他人とか周囲のせいにし始めている。
それはつまり、自分の人生を物語だとすれば、だれか他の人に書き進めてもらおうとしているということだ。
いつまでたっても、自分の人生を生きられない。
ひとのせいにばっかりする。
他人に笑われないように他人軸で生きた物語を読んでも、おもしろくないはずなのに。
10年前からずっと、人から行動力を褒められたけれど、その裏にあるのは、面白い物語と出会いたいという原動力だった。
でも、いつまで経っても他の人の物語を聞くだけで、自分の人生を生きようとしていない。
物語を書くのは続けているが、あいかわらず、物語のはじめしか書けない
それは自分が起承転結の“転”を経験していないからだ。 1:30
2024年になってZERO SCHOOLと出会う。
主宰のらいちゃんのストーリーに心動かされて入学することになった。
転機をどう受け入れて、そのあとどう物語を紡いでゆくかに興味があった。
同期のみんなの行動に刺激を受けて、他人軸ではなく、自分で決めたことで、自分でリスクをとって挑戦するようになった。
・現代アートのグループに入って、日本各地で創作している人たちとオンラインで話をした
・ニューヨークで開かれる展示会に、思い切って自分の絵を一つ出展することにした。
・お笑いの世界に長年関わっている放送作家さんにインタビューすることができた
そしてこの先には、君がこれまでさけてきた「転」、転機の経験が待っているはずだ。
それを受け入れるのは、こわいかもしれない。
でもこの半年間で、こわくても、自分がおもしろい方を選ぶと
その先に心がコロコロ動くたのしい経験が待っていることを学んだ
転機がきたらフラットに受け止める、そして行動する。
その繰り返しが物語をつくる
自分が読みたい物語を、自分で行動することで書いてゆけ
起承転結の“転”を前のめりに経験し、自分の人生を展開させる
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