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[PoleStar1] 月猫-01

 ぼくは猫である。名前はロックだ。

 一緒に住んでいる人間が、ぼくと遊んでほしいときやごはんの時間になるとそう呼ぶので、おそらくそうなんだと思う。
 生まれたときのことはよく覚えていないが、「猫とはかくあるべし」や「狩りのしかた」など生きるのに必要なことを教わった記憶があるので、親や兄弟はいたのだろうと思う。いつの間にか彼らはいなくなり、物心がついたときには人間と一緒に暮らしていた。もう一年以上も前のことだから、覚えていないのも無理はない。

                *

 ぼくの縄張りはこの家の中だけだが、一緒に住んでいる人間はときどきどこかへ出かけていく。なんでも写真家とかいう職業らしく、あちこちに出かけるのが仕事なんだとか。そうして一日中、ときには何日も帰ってこないときがあった。ぼくはその間、フレディとかいう奇妙なやつの相手をしなくてはならなかった。

 フレディは変なやつで、人間が家にいるときは物置に隠れていて、鳴きもしないし動くこともない。しかし人間が出かけた途端に恐ろしい音を立てて動き、ぼくを追いかけ回すのだ。
 幸いなことにフレディは動きが遅く、高いところに登ることもできないので逃げるのは簡単だったが、ぼくはフレディが苦手でしかたがなかった。大きな音を立てるところもそうだし、体はつるつるしていてぼくの爪の攻撃が効かないようなのだ。それに威嚇しても全然動じない。なんとか爪がかかりやすい、短いしっぽと耳に噛み付いてやったが、フレディは全く気にしていなかった。
 しかし、そんなフレディにも興味をひかれるところがある。人間と同じ時間にカリカリしたご飯を出して、ぼくの砂場と水を新しくしてくれるのだ。なので嫌いになるわけにもいかず、仕方なく相手をしてやっているというわけだ。

 3日ぶりに人間が帰ってきたとき、ぼくはホッとして玄関に駆け寄った。再会のなでなでを満喫したあと、人間はぼくがフレディにつけた噛み跡を見つけてため息をついた。
「やっぱり気に入らなかったのか……」
「にゃあー!」
当然である。

                                                           *

「サムの飼ってるチョコミントは、むしろフレディのほうに懐いてるんだけどね」
 人間の膝の上に座ってあごを机に乗せ、ぼくは彼の話をふむふむと聞いていた。人間は仕事部屋で明るく光る板に向かって何かをしているのだが、何をしているのかぼくにはさっぱりわからないので退屈だった。退屈なので人間のお腹に頭をゴリゴリと押し付けると、たまに大きな手のひらで頭を撫で回してもらえる。それが、人間が家にいるときのぼくたちの日常だった。退屈だけど安心で、変わらない日々がぼくは大好きなのである。

 そういえば、人間の名前は知らない。彼はぼくをロックと呼ぶが、自分のことは名前で呼ばないのでしらないのだ。


続きます。


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