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[PoleStar1] 月猫-04

 飛行機に乗るためには、いつもとは違っていろいろな検査があった。ぼくはいつも嫌がらせをしてくる白い服を着たドクターとかいう人間たちにあちこちを触られて不機嫌だった。ウィルも一緒だったけど、ドクターが嫌がらせをするのを止めてはくれなかった。だから、しばらくぼくはふてくされていた。

                   *

 飛行機に乗るのは慣れたものだ。いつもウィルの仕事についていくときに乗っている。けど、こんかい空にいくための飛行機はいつも乗っているものとは少し違っているような気がした。うまく説明できないけど、席が広くて、ぼくはキャリーに入れられたまま、ウィルの隣の席に置かれた。

「どうも、コリンズくん。久しぶりだね」
「教授、お久しぶりです。ロックの同行を許可していただいてありがとうございます」
ふいに現れた教授とかいう人間は、ウィルと話をしている。ぼくはそのようすを、キャリーの中から眺めていた。キャリーに入ったことのない動物と人間は知らないだろうが、中は狭くて視界の悪い窓が一つついているだけなので、外の様子はよくわからない。とにかく、たくさんの人間の声とウィルの声を聞き分けることだけに、ぼくは集中したいたのだ。
「これがロックくんだね」
ふいに、キャリーの窓に知らない顔が見えて、ぼくはびっくりして後ろに下がった。すぐにキャリーの壁にぶつかって後ずさりできなかったが、ぼくは体を小さくしてやりすごした。
「よろしく」
そう言って、ウィルが教授と呼んだ人間は指をキャリーの網目に押し付けた。ぼくはおそるおそる指のにおいを嗅いで、そっと離れた。知らない人間にはよくかかわらないほうが吉だ。今はキャリーの中にいるから安全だけど。
「無重力でどうなるか心配です」
ウィルの声が聞こえた。たぶん、教授に向かって話しているのだろう。
「これまでにも無重力下での動物実験は何度かおこなっている。たいていパニックになるが、人間に慣れている犬や猫のほうが落ち着いているようだ。飼い主がそばにいれば大丈夫だろう。こんかいは私の知り合いの獣医も同行するから安心していい」
「ありがとうございます」
ぼくはウィルと教授がなにやら話しているのを聞いていたが、意味はよくわからなかった。とにかく、ぼくたちがこれから行く空の上は、ちょっと変わった環境らしい。ぼくは時々空を見ているので知っているのだが、空には雲がふわふわ浮いている。だから、空の上にいくといろんなものがふわふわ浮くのだろうと想像していた。ぼくもふわふわ浮くのだろうか。そうだとしたらぼくは初めて空を飛ぶ猫になるのだろうか。
「まもなく離陸いたします。みなさま、ご着席のままお待ち下さい」

                  *

 ぼくは何時間もキャリーに閉じ込められたまま、ときどき揺れたりしながら飛行機に乗って進んだ。しばらくすると、周りのものがすべて浮き上がったのだ。ぼくは驚いて「みゃー」という情けない声が出た。
「ロック、大丈夫だよ。ここが無重力だ。月まではすぐつくよ」
ウィルがキャリーの窓からぼくを見てそう言った。ぼくはウィルの膝の上に乗って彼のお腹に頭をぐりぐりしたかったのだが、キャリーに入れられているからそれができないので不満だった。ここを出たらウィルと思いっきり遊んでやろうと思った。ウィルの仕事ではいつもはじめての場所に行くが、空の上に行くのは何もかも不安定で、揺れていて、そのうち上も下もわからなくなった。ぼくは最初、パニックになってキャリーの中で手足をバタバタさせていたが、ウィルが「なんともないよ、大丈夫だ」と言ってくれたのでだんだんその感覚にも慣れてきた。ぼくはキャリーの中でぐるぐると回転して、目がまわった。

 飛行機に乗ってから何日もたった気がするころ、ぼくたちはようやく空の上の家についた。空の上は思った通り、体が雲のように軽くてふわふわとした。でも、飛行機の中と違って地面があるので少しは安心だった。外に出て、草や木のにおいを嗅ぎたいと思ったが、飛行機を降りたところは広い部屋のなかだった。広い空間にごーっと音が響いていて、ぼくはまた少し頭がくらくらした。


続きます。

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