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[PoleStar1] 月猫-12

「どうするつもりなの?」
 カルミアさんがヘレナに尋ねる。
「しばらく休暇をとって、地球に戻ろうかと……」
「ISSAを辞めるわけじゃないのよね?」
「はい。まだやりたいこともありますし。ただ、ちょっとの間だけ」
「いいんじゃないかしら。あなたの上司には私から言っておくわ」
「ありがとうございます!」
 ぼくがそんな二人を眺めていると、ウィルがぼくを抱き上げた。
「遊んでもらったのかい?」
「にゃー」

                    *
 ウィルの体温に安心していると、花を片づけたディーリーがやってきた。ウィルに抱え上げられているとディーリーはずいぶん小さく見えた。ディーリーは人間のなかでは小さいほうなのかもしれないことに、ぼくは今になって気がついた。
「お前は」
 ディーリーはウィルに話しかけた。「ドリームオルガンは持ってないのか?」
「持ってないんです。ロックがいるから邪魔されそうで」
「そうなのか」
 ディーリーはうつむいた。
「私達、もう会えないのかしら」
 カルミアさんがそう言った。みんな、ぼくとウィルが帰るのが残念そうだった。ぼくもヘレナやディーリーのことをすっかり気に入っていたので、みんなと分かれるのは残念だなと思っていた。
「イエネコ用のドリームオルガンの開発を優先事項に──」
「何言ってるの。そんな研究すぐに予算が降りるわけないでしょ」
 カルミアさんはぴしゃりと言った。
「だいたい、人間用だって開発に何年かかったと思ってるのよ。猫相手じゃテストも難しいわ」
「同じ世界に生きてるのに、もう会えないなんて初めての経験だからな、その、なんていうか」
 ディーリーは考え込むように言った。
「あ、あの!」
 とつぜんヘレナが大声を出したのでぼくはびっくりして彼女を見た。視点が高くなったぼくから見ると、ヘレナもいつもより小さく見えた。
「ドリームオルガンならわたしが持ってるから、それを使ったらどう?地球に戻ったらあなたの家に持っていくから」
「え、でもそんな高価なもの……」
「いいの!」
 ヘレナはウィルの言葉を遮ると、カルミアさんとディーリーに向かって言った。
「ロック君だって私が面倒見れるし、ウィルとならいつでも会えるようにしますから」
 カルミアさんはそれを聞くと笑った。
「もうそんなところまで話が進んでるの?まったく、生き物って面白いわね、ディーリー?」
「は?なんの話だ」
「あなたはもう少しベーシックについても興味をもったほうがいいわ。猫の研究も結構だけど」
「ベーシックに俺は興味ない」
 ディーリーはそういうと、ぼくの方を見ながら言った。
「地球にはもっと素晴らしい生物がいるし、ベーシックの研究なんか今更すぎておもしろくもねぇ」
「ISSAで活躍するにはベーシックとの共存が必須事項よ」
 カルミアさんとディーリーはまた難しい話をしていた。ぼくはウィルに抱っこされたまま、それを聞いていた。

                                                           *

「お前とはもう会えないのか。なかなか興味深い体験だった。お前のことはシェオルの公共ライブラリに永久に保存しておくからな」
 カルミアさんから逃れてきたディーリーはそう言って、ぼくに別れを告げた。ぼくはちょっと寂しくなった。
「ロックの写真なら毎日撮りますから」
 ウィルがディーリーと握手しながらそう言った。
「それを持って、いつかシェオルに会いに行きますね」
「楽しみにしている」
「それじゃあ、気をつけてね」

                                                            *

 ウィルはカルミアさんとも別れを告げて、今度こそ部屋の外に出た。ヘレナはぼくたちに付いてきた。
「空港のラウンジまで見送る」
 やっぱりヘレナはいい人だ。ぼくはヘレナと別れるのがつらくなった。不安になってウィルの腕に噛み付いた。痛、というウィルの声が聞こえた。
「大丈夫?」
「ロック、どうした?」
 ウィルがぼくの頭をなでる。ぼくはウィルの腕に爪をたててしがみついた。
「やっぱりストレスかな。ヘレナと別れるのが寂しいのかもね。毎日遊んでたから」
 ウィルが言った。ぼくは、そうだと言うつもりで「にゃー」と返事をした。
「大丈夫!私も次のシャトルで地球に戻るからね」
 ヘレナはそう言ってくれたが、地球がなんなのかぼくは知らない。家に帰って、ヘレナは空の上に残って、それからどうなるのだろう。ヘレナが頭をグリグリとなでてくれたので、ぼくはウィルの腕に爪を立てるのをやめてしがみついた。家には帰りたい。でも、みんなと別れるのも嫌だった。


続きます。

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