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[PoleStar1] 月猫-13

 空港と呼ばれるところには大きな飛行機がたくさん並んでいた。ぼくはキャリーに入れられて、来たときと同じようにその中に入る。また、何日もの空の旅が始まる。

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 家に帰ってから数日は大変だった。ぼくは思うように動くことができなかった。ウィルも同じだったらしく、ぼくといっしょに数日寝てばかりいた。ウィルが元気になってからは病院というところにつれていかれ、ドクターと呼ばれる人に全身を触られ放題だった。なんどもウィルに助けを求めたのだが、彼は助けてくれなかった。
 空の上のふわふわな空気になれてしまったら、家に帰って来ると一気に体が重く感じて、ぼくはよろよろと生まれたての子猫のようにしか移動できなかったのだ。まったく、あんなにたいへんな思いをして見に行ったのが空の上にある家と、大きな窓から見える変な模様の月だなんて。人間は変なものが好きなんだな、とぼくは思った。

 それから一週間ほどたって、ようやくぼくたちが地上の空気に慣れたころ、ヘレナが家にやってきた。なにやら大きな箱を抱えてきて、それをぼくたちの家に置いていった。ヘレナはそれから時々ぼくたちの家に泊まりにくるようになった。ぼくはヘレナと一日中遊んで、その間ウィルは仕事と言って光る板を眺めていた。元に戻った日常はちょっとだけ変化して、賑やかになった。これはこれで悪くないと思えた。

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 空の上にいた間は大変だったけど、ぼくはヘレナやディーリーや、カルミアさんと会えたことが楽しかったと思う。空の上の家で撮った写真も、ぼくのベッドのうえに飾ってある。またみんなと会いたいなと思うけど、空の上は大変なところだったのでもう行くのは御免だとも思ってしまう。ぼくはそうして葛藤し、ごろごろと毛布の上で転がった。やっぱり、家のほうが落ち着く。これがぼくの体の重さで、毛布の重さだ。空の上はなんだか不思議で落ち着かなかった。

 そうそう。ウィルは家にいるとき、ソファーで横になっているときが多くなった。ぼくが顔をパンチしたりお腹の上に乗っても全然起きない。そんなときはヘレナが遊び相手になってくれるからいいけど、全然起きないのでちょっと心配になったものだ。しばらくすると起きてきたので、お昼寝していただけなのかもしれない。そして、たまにヘレナも同じようにソファーで寝ているときがある。ウィルと交代で寝ているようだ。何をしているのかぼくにはわからなかったが、起きた後の二人はいつも楽しそうで、ぼくはちょっとだけうらやましかった。二人で秘密の遊びをしているのかもしれない。

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「それじゃあ、行ってきます」
「いってらっしゃい」
「にゃー!」
 ぼくはヘレナと一緒にウィルを見送る。本当はぼくもウィルの仕事に付いていきたかったのだが、まだドクターとやらに止められているらしく、ぼくはヘレナと留守番だ。でももう留守番は嫌じゃない。フレディが倉庫から出てくることがなくなった代わりにヘレナが、ぼくのごはんや砂場を用意してくれる。ぼくは大満足だったし、ウィルも嬉しそうだった。

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 ヘレナはあれからしばらくして、ぼくたちの家に住むことになった。空の上からやってきて、ぼくたちと一緒に住むにはいろいろ準備が大変だったらしいけど、ぼくにはよくわからない。ただ、ウィルとヘレナ、大好きな二人と一緒にいられるのはぼくとしては嬉しい限りだ。ウィルが仕事でしばらくいない間も、ヘレナがそばにいてくれる。ぼくがもう少し元気になったら、ヘレナと一緒にウィルの仕事に連れて行ってもらおうと思っている。そうして、また小さな箱でたくさん写真を撮るのだ。新しい日常、退屈な毎日、変わらない生活。
 そんな生活が、いつまでも続くことをぼくは信じている。


おわり。

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