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[PoleStar1] 月猫-03

 人間はぼくの写真もたくさん撮っていた。
 初めて山の上でキャンプした日。湖の水を飲んでいるときや、野生の鹿と遭って驚いているときの写真なんかがたくさんある。ぼくの写真は人間が仕事に行くたびに増えていって、いまでは部屋のあちこちに飾ってある。

 そうして一年ほど旅に出ては家に帰ってくる生活をしていた。ぼくがひと回り大きい雄猫になった頃、何やら人間の様子が慌ただしくなった。急に外へ出開けたり、姿の見えない誰かと話をしていたり、何日も家にこもっている日が多くて、なかなか旅にいうことはなかった。ぼくは退屈だったのでここ一年の旅を振り返っていた。そのなかで最も印象に残っているときの話をしよう。

                                                             *

 夏と秋の境目に、ぼくたちは大きい石がゴロゴロしている山へ行った。なだらかな斜面に風がふいていて石の間の草を揺らしていったのを覚えている。
「ここは君と会う前に一度来たんだけどね。ほら、あの岩と君の毛皮が似てるだろ?」
 ぼくはハーネスを付けられたまま人間の方をみた。彼はあの大きな石を岩(ロック)と呼んでいた。ぼくと同じ名前だ。つまり人間はぼくとあの石の塊を同じ名前で呼んでいるのだ。
 ぼくの毛皮はグレーに黒の斑点が混ざっている。だから似ていると思われたのか。ぼくはゴツゴツした大きな石の一つに登ると、その上に座った。どこが似ているのだよく見ろ、と言いたかったのだが、人間はいつも持ち歩いている小さい箱を取り出した。どうやら彼はぼくは岩の上にいるのを見て喜んでいるらしい。

 そのとき撮った写真は、ぼくのベッドの横に飾ってある。丸い石の上にぼくが香箱で座っている写真だ。ぼくはそれを見て当時のことを思い出していた。猫は頭が小さいので長いことものを覚えていることができないのだ、などという者もいるが、大切なことはずっと覚えているのである。物覚えが悪いと思われているのは、世の大半のことは猫にとって重要ではないからなのだ。

                                                                *

 いつの間にか、ぼくは「飼い主と一緒に旅をする猫」ということで有名になっていたらしい。
 雪山で、ウィルの肩の上に乗っているぼくの写真があるときいきなり世間の注目を集めたのだ。そうそう、一緒に住んでいる人間の名前はウィリアムであることがわかった。その雪山に行ったとき、もうひとりジェレミーとかいう見知らぬ人間が同行していて、彼らが話しているのを聞いていたのだ。とにかく、雪山はいいところではなかった。寒くて、昼間は世界が真っ白でよく見えないので、ぼくは比較的温かいウィルの肩の上かバッグに乗ってじっとしていただけなのだった。だけどあちこち旅をしてわかったことは、世界はぼくの家の中よりもずっと広くて、いろんなもので溢れていて、見たことも聞いたこともないものがたくさんあるということだ。

                                                            *

 その日はいつもより早くに家を出た。ぼくと人間は移動する大きな箱に乗って出かける。これに乗っている間はキャリーに入る必要がないので居心地が良かったが、ウィルの「着いたよ」という声とともにぼくは狭いキャリーの中に押し込まれた。
 キャリーのなかは視界が悪くて揺れるのでぼくは何が起こっていたのかよくわからなかった。揺れたり、何かの上に置かれたり、持ち上げられて目が回った。
 お腹が空いたなと思った頃、ぼくはキャリーの外に出ることができた。ウィルと一緒にごはんを食べて、それから彼の腕に抱かれて外に出た。広い場所だった。あまりに広くて、ぼくたちがすごくちっぽけに思えるほど広い場所だった。人がたくさんいたけど、動物は見かけなかった。
 ぼくはウィルに抱かれたまま、大きな窓に近づいた。ここはすごく高い場所らしい。眼下には飛行機という、早く移動する乗り物がたくさん動いているのが見える。

 そして視線を上げると、開けた視界の先には見たこともないものがあった。青い空に向かって伸びる白い一本の線。どこまで続いているのか、どのくらい長いのか、ぼくには検討もつかない。ただなんとなく、飛行機が移動するための道だろうなと思った。そしてそれを見て、ぼくはこれから行くところを理解した。

 ぼくらは空へ行くのだ。 


続きます。

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