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オリジナルラノベ 魔術師と護衛士 第十五話

「分かりました。昼食は馬車で食べられるようサンドイッチにしますね」

「それはいいね。それじゃ、後で」

居間から台所に移動した俺はサンドイッチの調理を始めた。

昨日の夕食にメインディッシュとして用意したローストビーフがかなり余っているので、これを使おう。

塊肉を薄くスライスし同じように玉ねぎも薄切りに、クレソンがあったので辛味としてこれも加える。

味付けのソースは昨日のローストビーフで使ったグレイビーソースをそのまま使う。

最後に今朝の相談者が差し入れてくれた焼きたてのブロートヒェンを半分に切って、具を挟む。

これをバスケットに詰めて昼食の支度は完了だ。

その後、ブリガンダイン、コンポジットボウ、グレートソードといういつもの戦支度を終えて俺が納戸から出てくると、こちらも支度を終えたキルシュが俺を待っていた。

「今回は少し遠出になるだろうから、荷物は少し多めにもったほうがいいよね」

「はい、今回は依頼の内容によっては数日間野営することを想定して荷物を選別しました」

冒険者ギルドのマスターが、本来は手を借りたくない魔術師に救援要請を出すほどの状況だ。

相当に厄介な案件が発生していると想定すべきだろう。

魔物が出没するような危険な場所に、数日間はこもる必要があるかもしれない。

護衛士を目指すためのキャリアとしてかつて冒険者であった経験を活かし、俺は今回の依頼に持ち込む道具を選別し机の上に乗せた。

危険地帯に踏み込む“冒険”に出る時は参加者全員がお互いの手荷物を認識しておくことが鉄則である。

「寝具にたいまつ、ほくち箱、ロープに水袋。うん、いいね。お玉にお鍋と炊事用具が充実しているのがザイらしい」

俺が背負い袋に詰めこむ予定の荷物を見て、キルシュが感想を述べた。

「うまい食事は旅に欠かせませんからね。劣悪な環境にまずい食事で士気が上がることはあり得ません」

「まったく同意見だね。ボクの道具はこんな感じだよ」

キルシュが俺に見せたのは、インクの入った小さな壺とペンがセットになった筆記具セットに羊皮紙、ノートが一冊、それに色とりどりのポーションが入った瓶だった。

その中に一際目を引く赤い液体が詰められた瓶を見て、俺は声を上げた。

「これは中級に……上級ポーションも、ですか。それほどの脅威の可能性があるのですか?」

「万が一を想定して、ね。管理と運用はいつもどおりキミに任せるよ。必要と判断したら躊躇くなく使用してほしい」

上級ポーションは重症時、例えば手足の欠損などの再生すら可能な特殊な代物である。

当然治療時には使用者の体力を激しく消耗するため、体力のある成人男性ですら数日寝たきりになる場合があるので滅多に使用されない。

体力のない老人や赤子であれば体力が消耗しすぎて衰弱死することもある劇薬なのだ。

それほどのポーションをキルシュが持ち出す必要があると判断したことは、この依頼の脅威度は相当高いと見るべきだろう。

魔術師は魔術によって治療を行うことができるため、ポーションを持ち歩いたり自分に使用することは普段しない。

これらの魔法薬は基本的に護衛士である俺が使用することになる。

魔法薬の管理を担当する魔術師が、冒険の旅の危険度に応じてどの薬を護衛士に持たせるのかを決めるのが通例なのだ。

「分かりました。お任せください」

「よろしく頼むよ。これを使わないで済むといいんだけどねぇ……。どうも今回の案件は厄介なものが待ち受けているように“視えた”んだよね。まだそれがなんであるのか、確定した所は捉えられていないんだけど」

魔術師には“啓示”と呼ばれる未来の予知を行ったり預言を授かる特殊な魔術がある。

特定の物事に対する人知の及ばぬ情報を手に入れる事ができる便利な魔術なのだが、キルシュにとって厄介なものが“視えた”ことは、冒険者ギルドからもたらされた依頼には相当の脅威が潜んでいるという事を意味している。

しかし“啓示”の効果には難点もある。

「やれやれ……。この魔術はどうにも苦手なんだよねぇ。何かの縁を捉えたらすぐに発動するよう設定しているんだけど、漠然とした情報しか手に入らないのがなんとも、ね。まぁ、ここでこれ以上不確定な事について問答していても始まらない。とりあえずディリンゲンの町行きの馬車に乗るとしようよ」

“啓示”によってもたらされる情報はイメージ的なものが多く、具体性に欠けるものが多い。

今回の事例で言えば“上級ポーションが必要になるような何かの事態が起こる”事まではわかるのだが、それが何であるのかそして誰の身に起きるのかなどの詳しい状況はまったく分からない。

はっきりしている事はただ一つ、“啓示”で示された事象は確実に起きる。
ただそれだけである。

俺は気を引き締めて、キルシュの言葉に頷く。

「一筋縄ではいかない依頼になりますね、これは」

ティツ村の門の前には、乗合馬車が停車していた。

村に到着した俺たちを見て、馬車の御者を務めるゼンケルが手を上げた。

彼は柔和な笑みを浮かべた中年の男性だ。

「これはこれは先生にザイフェルトさん、ご無沙汰しております」

「やぁゼンケルさん、ボクたちも馬車に乗りたいんだけどいいかな?」

「勿論空いていますとも、どうぞどうぞ、お乗りください」

乗合馬車の荷台には、村で収穫された野菜や果物が木箱に入れられてぎっしりと詰まれている。

この馬車はテッツ村とディリンゲンの町を結んでいるが、人よりも物資の搬送が盛んなのだ。

ティツ村からは作物が取引の商店に運ばれ、ディリンゲンの町からは売り上げの貨幣が支払われる。

ゼンケルはティツ村の取引の代理人として、ディリンゲンの町の商人とこの村と生産者を繋げる重要な役割を担っている。

俺が二人分の運賃である銀貨十枚を支払おうとするが、ゼンケルは慌てた素振りで手を振ると受け取りを拒否した。

「いやいやとんでもない。いつもお世話になりっぱなしだというのにお金なんて受け取れませんよ」

「いや、しかし……」

「もしお二人からお金を受け取ったなんて事が知れたら、私が村にいられなくなるんですよ。さ、馬車を出しますよ。荷台で座っててくださいね」

結局、運賃を受け取ってもらえずに馬車は出発してしまった。

キルシュも肩を竦めて、

「仕方ないね」

と言ってくれたので、今回は料金を支払わずに乗せてもらうことになった。

穏やかな晴天の空の下、乗合馬車は街道を進んでいく。

周りは見渡す限りの青い草原で、魔物のような脅威になりそうな生物の姿も今は見受けられない。

「冬だというのにいい風だねぇ。春が近づいているのかな」

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