14「願いを叶える犬神の子供が108匹生まれたので、毎日がむちゃくちゃです(某ライトノベル新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品で)」

  三

 今日は仔狛犬の一探しで時間が潰れた。ゲームをする時間がない。いや、仮に一が脱走していなかったとして、自分にそんな余裕があったのか。昏(くら)く熱いものが胸の奥から喉もとに込み上げてくる。
 自分はこのままだと、時間を仔狛犬たちに奪われに奪われ、まともにゲームをする時間はこの先与えられないのではないか。
 そもそも、仔狛犬はいったいいつ成体になるのだ。
 台所に喉が渇いて飲み物を取りにいった折に父に遭遇し、思わず心のうちがもれる。父はそれを成人になった娘にさせてしまうおおらかな雰囲気がある。
「大丈夫だろう、確かお義父さんから聞いた口伝で『一年を経れば壮丁となりにけり』ということが伝えられていた記憶がある」
 一年――いまの翠にとっては途轍もなく長い時間だ。もしだが、そのあいだ完全にゲームをしないでいた場合にどれだけ腕が鈍るか考えただけで背筋が寒くなる。サボった分を取り戻すのには、その何倍もの時間が必要となる。
「父さんが代わってやれるなら、代わってやるんだがなあ」
 すまない、と父はこちらの胸中を見抜いて謝罪した。
 と、そこに第三者が入ってきた。母をともなっている。
「蛟が相手だったとはいえ不甲斐なかったな、おまえ」
「はあ」翠は眉間にしわを刻み、するどいまなざしを声のぬしに向けた。
 例の、親狛犬とともに現れた出仕服の青年だ。
今は黒縁のメガネをかけており、今のカチンとくる発言がなければギャップ萌えを感じていただろう。
「朝陽(あさひ)くん、ちょっとそれは厳しいなあ」
 当惑する母に代わり、父がいつもの口調で応じた。どんな気難しい人物とも打ち解けそうなところが父にはある。
「だって事実です、叔父さん」「事実だっていうなら、あんたの性格が悪いのも事実ね」
 即座に翠は悪態をついてやる。とたん、青年の顔が憤怒に染まった。
「ひふむよいなむや」「止めなさい」
 祓詞を唱え始めた彼の肩を母がそっと抑えた。
が、その総身からは常人には見えないが霊力がほとばしっており、なによりも雄弁にその怒りを物語っていた。
 と、そこで翠は蛟からなんとか生き延びたときの記憶をよみがえらせる。“豹変する人間”の見本がここにいた。凡庸なように見えて母は翠にの霊能力の指南も担った優秀な能力者だ。
「『ところで小娘。そこな毛玉、うぬの祖父が命を犠牲にするほどの価値があったのかの』っていう蛟の言葉はどういう意味だ」
 疑問を発した瞬間、朝日の表情が凍りついた。その顔つきから翠は詳細はわからないがひとつの事柄を読み取った。
「事実なのね」
 最初の問いかけは平素の声量と変わらない。が、「事実なのね」次は怒声になった。
「ふざけんな、お祖父ちゃんの命を奪った連中の面倒をわたしにみろっていうの」
 翠は近くのテーブルを殴りつけ、台所を飛び出した。どいてよ、と母と朝陽を半ば突き飛ばした。「翠」という母の叱声が追ってくるが無視する。全身の細胞が怒りで熱を帯びていた。

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