見出し画像

【おうちで発酵・漬物】#4 キムチとは似て非なる、旧満州から来た祖母の味「朝鮮漬け」

白菜が安くて美味しい時期。家にはやや過剰気味に在庫がある。
普段から好んで使う野菜なので使途には困らないが、漬物のレパートリーを増やしたくて探していると、ある日「白菜のりんご漬け」というのをYouTubeで見付けた。その方のチャンネルは好きでよく視聴している。今回もきっと美味しそうな品だろうと見始めると、動画の進行につれ、記憶の底の方に何か引っかかるものがあった。

動画で紹介されているのは、白菜を塩と唐辛子で下漬けした後、すりおろしりんご、千切りにんじん、すりにんにく、細く切った昆布、するめを混ぜた漬け地を挟み込み冷蔵庫で寝かせたもの。つまり赤くはないがキムチによく似ている。「りんご漬け」という名前からはイメージが少し異なるものの、美味しそうで興味を引かれた。
――という頭の動きとは別に、記憶の片隅で「どうもこれは見たことがあるぞ、むかし実家で」という勘のようなものが閃いた。微かなそれを辿って行くと、四半世紀前に亡くなった母方の祖母が「朝鮮漬け」と呼んでいたものに限りなく近い気がした。

祖母は私が物心ついた時には既に家から出ない生活をしていた。出るのは向かいの小さな商店か、家の前までリヤカーで来る馴染みの魚屋か病院か。その分家事に専念し、家族の食事づくりをはじめ、洗濯やアイロン掛けも幼い頃は殆ど祖母がしてくれていた。
どうもそういう生活を、母が中学生ぐらいの頃からしていたらしい。徹底的に外に出るのを嫌い、また家族の帰りが遅くなることも極端に嫌がった。
なにぶん幼かったので「おばあちゃんはそういう人」と当時は何も考えなかったが、後から思えば祖母の人生は、幼子数人を連れ命からがら満州から引き揚げ、戦地から戻った祖父と漸う合流できた時点で時計が止まっていたのかも知れない。そのために、持てる力を全て使い果たしたのかも知れない。そうした激しい精神性を抱き、かつ身体の強くない人だった。

そんな訳で、実家で食べた家庭料理の殆どは祖母の手による。当時は流通事情が今よりずっと悪く、郷里(秋田の更に田舎の方)で手に入る食品・食材の種類は限られていたから、件の「朝鮮漬け」も祖母が漬けたのだろう。そうした名称の漬物が売られているのを見た覚えもない。
味はあまり覚えていないが(当時私はにらが苦手だった)、子供でも食べられるよう唐辛子は控え、にんにくは祖母が嫌いだからと入っていなかった気がする。ただ鋏で切ったするめや昆布、おろしたりんごや生姜、にらを白菜と合わせた漬物は食卓に時々のぼり、祖母は「朝鮮漬け」と呼んでいた。詳しいいきさつは不明瞭だが、どうも満州にいた頃、当時周りにいた朝鮮の方から教わったと聞いた気がする。元々おすそ分けでいただいたのを祖父か誰かが気に入り作り方を聞いた…とかそんなだったかな。もっとちゃんと聞いておけばよかった。満州時代の話は幸せな記憶としてよく聞いたが断片的で、経緯や細部をつなげて理解するのは当時の私には難しかった。
ともかく、祖母のアレンジが大分入って原型を留めていないかも知れないが、四十年ぶりくらいに思い出し、また材料もほぼ揃っていたので記憶を呼び覚ましつつつくってみることにした。

《旧満州からやって来た亡き祖母の味「朝鮮漬け」》レシピ:白菜1/2個分
①白菜を下漬けする。白菜1/2個は芯に包丁を入れ縦に手で半分に(1/4ずつに)割き、半日程度天日干し。干した後2%の重量の塩を葉の間にも入るよう振り入れて揉み込み、保存袋に入れ空気を抜いてファスナーを閉じ、しっかり重石をして(翌日水が上がらなければ重石をさらに重く)2~3日常温で漬ける。
②漬け地を用意。りんご小さめ1個(大きければ3/4ぐらい)を皮をむき、芯を除いてすりおろしボウルに入れる。にんじん1/3本は皮をむいてスライサーで千切り、にんにく1かけはすりおろし、にら1/3束程度は4cm長さに切り、赤唐辛子2本は種を抜いてちぎる。昆布とするめ各3〜4cm角ははさみで細切り(入れ過ぎるとくせが出るため控えめに)も同様にはさみで切って加え、全体をよく混ぜ合わせる。
※祖母はにんにくを控え生姜を入れていましたが、私はにんにくを入れ、生姜は入れていません。お好みで。
③ ①の白菜の水気を絞り(洗わない)、葉の間に②の漬け地を挟むように塗り込み保存袋かタッパーに入れ、常温で2~3日馴染ませてから冷蔵庫に移す。本漬けから1週間程度からが食べ頃。

本漬けから数日後、冷蔵庫に移す前。だいぶ馴染んでいます

※今回本漬けから5日常温に置いたところやや発酵が進み過ぎ、冷蔵庫に移す前にすりりんごを1/4個分追加。それで味が落ち着いて美味しくなったので、酸っぱい場合はりんごで調整してみてください。

YouTubeで紹介されていた作り方と記憶の中の台所、さらに私の好みを加えて今回この作り方で漬けてみた。
葉の間に具を挟み込むので断面を見せる切り方、盛り方が美しい。元々「りんご漬け」と祖母の「朝鮮漬け」の相似に気付いたのもこの断面からだった。

白菜の白ににんじんと唐辛子の赤、にらや昆布の緑が映えて美しい

食べてみると、予想よりずっと美味しい。下漬けの塩が淡いので、塩気がマイルドで食べやすいのだ。それに各材料が優しく馴染んでなんとも良い味。常温に置き過ぎて途中ひやひやしたが、美味しくできて嬉しい。夫からも「いろんな具の味が合わさって美味しいね」と好評なので、我が家の定番になりそうだ。

小皿に盛っても映えます

辛さはかなり控えめなので、辛いのが苦手な方でも食べられると思う(辛くしたい方は多めに)。また、キムチに使われるあみの塩辛の風味が私は少し苦手で、するめを使うこの漬け方はその点でも食べやすい。

今回記事を書くにあたって「朝鮮漬け」というワードで各所検索したが、キムチともこれとも異なる「朝鮮漬け」(古漬けを塩抜きして味付けしたもの。オイキムチに似ていなくもない)も存在しているようだ。
その昔交流・交易の中伝わった漬物がそれぞれの土地で手に入る材料で工夫され派生したのかも知れないし、或いはもっと広義的に、唐辛子を使った漬物全般をかつては「朝鮮漬け」と呼んだのかも知れない。
私は実家の朝鮮漬けがキムチに似ているとは、今回動画を見るまで気付かずにいた(当時はキムチの作り方を知らなかったせいもあると思う)。それほどキムチと朝鮮漬けとは似て非なるもので、それぞれに美味しい。

身の周りにある材料で案外手軽に作れるので、よろしければつくってみてください。粉唐辛子を使わないので、手にも優しく漬けられます。




この記事が参加している募集

#ふるさとを語ろう

13,657件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?