【小説】#4承諾(続編) 家庭
続きです。
三年の月日が流れた。武の仕事も順調だ。産まれた子は彼方(かなた)という名をつけた。ずいぶんと言葉を覚え、最近ではもっぱら、なにかにつけ、なんで、なんで、としつもんする。
太陽は、どうしてまぶしいの?雨は、どうして降るの?
答えられない質問ばかりだ。そういう時、彩子が、太陽は昔、偉いひとが、自分は太陽になって、昼間、わたしたちが、お外へ出してくれるようにしたの、とか、雨は、神様が、わたしたちに飲み物を、飲めるようにしてくださったの、などと、おとぎ話をしていた。好奇心旺盛な子に育ったと、武は感心している。ときどき、パパ、本当?と聞かれると、ママはうそつかないよ、というようにしていた。
武たちはよく、三人で、デパートや、公園に行くようにしていた。
会社の飲み会があった。実樹が、結婚退職するというので、送別会が開かれた。
春の暖かい兆しが見え始めた頃だった。
「えー、このたび、山本実樹さんが、結婚退職されるそうです。みんな、拍手!」
「おめでとう!」
一斉に声があがった。
少人数の飲み会であったが、武も参加していた。飲み会仲間は、みんな口々に会話していた。武は実樹が気になって、しょうがない。実樹が輝いて見えて仕方なかった。
「みなさんには、いろいろお世話になって感謝しております」
実樹が挨拶をした。実樹の友達の紹介で、二人、仲良くなったという。
みなそれぞれに注文したいものを頼んだ。武は結構、酒を飲んで、もう出来上がっていた。最後に、一人ずつ、実樹から、短い手紙とクッキーをもらった。
それには、こう書いてあった。
「武さん。武さんには、ずいぶんとお世話になりました。わたし、しあわせになっていいのでしょうか?彩子さんには申し訳ないことをしました。でも、あの夜のことがなければ、わたし、ずっと、思いを抱え込んだままでした。武さん、本当にお世話になりました」
武は、酔っていたにもかかわらず、胸が苦しくなった。最後、みな、解散した後、武だけ、実樹を駅まで送った。
「もう、変なことにはなりませんからね。武さん!」
「わかってるよ、実樹ちゃん」
「わたし、あの夜どうかしてたんです。本当は、武さんのこと、ずっと、あこがれだったんですが、武さんは、彩子さんのもので悔しかったんです」
「実樹ちゃん......、なにもできずにごめん」
武は、ある種、実樹の強さを尊敬していた。だからこそ、何もできないでいる自分がどうしたいのか、わからない。
駅についた。
「武さん、わたし、武さんに渡したいものがあるんです」
「ん?なに?」
「これどうぞ。わたし、武さんに負けないくらい、しあわはせになってみせますね!」
笑っているように見えたが、実樹の目には、涙があふれていた。
「じゃ、わたし、これで」
そう言って、実樹は袋を渡し、改札口にはいっていった。後で開けてみると、黄色いハンカチーフだった。
夏の真っ最中だった。武と、彩子と、彼方の三人で、コンビニへ買いに行っていた。蒸し暑くて、汗をびっしょりかいていた。三人で、手をつないで、帰ってる最中だった。汗がたまらなって、武は思わずハンカチーフで汗をぬぐった。
彩子が武にたずねた。
「それ、前から思ってたけど、ハンカチーフ、あなたのセンスじゃないわね。誰かからもらったの?」
武は、一瞬、ドキッとして
「いや~、これは~、その~」
と、しどろもどろになってると、彼方が言った。
「いつも、ありがとう!」
彩子と武は驚いて、
「彼方、いつ、覚えたの?そんなことば」
「パパがママにいつも、言ってるから!」
彩子と、武は笑った。
そうして、三人は、街の片隅に消えていくのだった。
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