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幸せについて考えてみた

就職活動が終わったあたりから、ずっと自分にとって幸せって何だろうか
みたいなことをずっと考えてきていました。

ここ最近、漸く自分が感じる『幸せ』について考えがまとまってきた気がするのでそれをこの場で記しておきます。


まず結論から言うと、私が考える『幸せ』とは

f''(x)>0 かつ f'(x)が正の時(f(x)は自分の人生をグラフ化したようなもの)

まあ簡単に言ったら、正の変化が生じているとき


極端な話、水を全然飲めていない状況があるとして、
その状態が続いているときは自分は幸せとは感じないはずです。
しかしその状況を耐え抜いて、水を飲めたとすると
この瞬間に自分は幸せだと感じるなと。
(凹凸の極小を迎えて、上に凸へと向かうイメージ)

まあめちゃくちゃ当たり前の話ではあるんですけど。

また、一度幸せを感じた場合
同じ状況で幸せを感じる場合もあるかもしれませんが
大抵の場合、それを超えてくる状況にならないと幸せを感じません。

例えば、一度ものすごくおいしい寿司を食べたとして
そのときにはものすごく幸せを感じています。
ただこの食事が1週間続いてしまえば、同じ寿司では自分は幸せを感じていない(当然だと思っている)。ではどうしたらいいか。

もっと高級なお寿司を食べたいと思うだろうし、そのお寿司を食べたら実際に幸せを感じると思います。

つまり、一度幸せを感じた場合にどうしたら次に考えることは、
『もっと幸せになりたい』
これは至極当然のことだと思います。

一方で、その幸せが1週間も続かずに一過性のものである場合、
この時には、次の日にはおそらく日々食べ慣れたもの(自分が作ったしょうもない食事など)を食べているでしょう。
つまり、一過性の場合、自分の中で幸せを感じた状況から負の方向に気持ちが変化していると考えられる。
したがって、一度負の方向に下がった気持ちを上げるには、もう一度同じ寿司を食べても同じ程度には上げることができる。
言い換えると、正の変化を起こすことができている。

で、ですよ。
つまり何が言いたいかというと、少なくとも私は、
『幸せになりたい』
と思った場合、どんなことでもいいから正の変化を求めているんじゃないか

じゃあ、幸せになるためには、正の変化を起こす行動を起こせばいいんだ

という結論に行き着いたわけです。

でもですよ、
人間、生きていてまったくもって正の変化が起こっていない状況ってあるのかなって。思ったんですね。

幸せを感じていない、自分が不幸だと感じている時って
自分が定めている基準にその変化が追い付いていないから
そのように感じているのであって、
幸せに向かって行動している時点で、変化自体は起こっているんだろうなと思ったわけです。

つまり、その変化自体に、目を向けてやれば自分は幸せを感じられるんじゃないかと考えたわけです。
まあ、要するに上を見続けないことも時には大事なんだろうな(上を見続けていたらキリがない)。


つまり、『幸せを感じたい』と思った時には
・正の変化を起こす行動をすること 
 ↓      →その結果、幸せならOK(基準に達している)
その結果、まだ不幸だと思う場合(基準に達していない)
 ↓
・正の変化自体に目を向けてやる
(自分の成長や周囲の変化を実感する)

これを意識して生きていれば、自分が不幸だと思い気分が滅入りそうになった状況でも、自分を見失わずに入れるんじゃないかと思いました。



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