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小説|うちが泣く理由は誰にも教えない

真理子さん行っちゃった。

うちは号泣した。

うちはすぐ感情が爆発する。

「咲良はすぐ泣く女だなぁ」

阪本先生にまた言われた。

「大学生になったのに、変わらないよな」

✳︎

真理子さんはうちが高校のとき通ってた塾の先生。社会人2年目って言ってたからたぶん社員。

塾長が真理子さんって呼ぶから、うちも真理子さんって呼んでる。

うちは、真理子さんのおかげで第一志望の国立大学に行けた。でも真理子さんはもっと頭良い国立大の出身だから、やっぱ真理子さんは神。

なんでうちが真理子さんのおかげで第一志望行けたかというと、真理子さんが教え方上手かったのもあるけど、うちが真理子さんのために頑張れるって思えたからだと思う。

✳︎

うちは高3の春に塾入って、その時から真理子さんって人かわいいなって思ってた。でもまだ直接教わってなくて、たまにすれ違うぐらいだった。

けど夏休み入って、国語取り始めたら担当が真理子さんだった。真理子さん国語教えてるの知らなくて、すごいびっくりした。

その国語の授業は生徒5人ぐらいで、一番覚えてるのが、真理子さんが解説中に余談で「旦那が〜」って言い始めたやつ。

「え!?真理子さん結婚してんの!?」

って言ったら、

「してるよ〜」

って恥ずかしそうに言ってた。

「真理子さんかわいいー!!」

って言っちゃった。

で、秋から国立国語対策の講座取ったら、まさかの真理子さんと1対1だった。やべぇって思った。

けど真理子さんめちゃくちゃ手厚く教えてくれた。おかげでうちはすごい国語できるようになった。

しかも真理子さんはめっちゃ褒めてくれて、うちがよくできたら嬉しそうにしてくれる。

「うち今日めっちゃ解けた!!!」

って言ったら、

「やったね!嬉しい〜!!」

って喜んでくれた。

「やったぁ!!!」

うちも嬉しい。真理子さんかわいい。

逆にあんまりできてなかったときは、一緒に悔しがってくれる。うちがしょんぼりしてたら、

「今回は難しかったね…。でも咲良さんはちゃんと伸びてるよ!次回できるように見直してみよう!」

って励ましてくれた。

真理子さんは本当にうちのこと応援してくれてるし、もっと真理子さん喜ばせたいし、がっかりさせたくないって思ったから、うちはもう第一志望に絶対受からないといけないって思った。

でもうちが一番やばかったのは数学で、点数が全然安定しなかった。最低80点欲しいのに、良いとき82とか。

悪いとき60とか普通にあった。

そのたびにうちは不安で大泣きして、数学の阪本先生になだめられた。

「咲良はすぐ泣く女だなぁ」

「うち全然数学できない無理」

「大丈夫だって、咲良はできてるから」

「もう無理ぃ」

「でも嫌なことも我慢しないで全部吐き出せるのは、咲良のいいところだよ」

阪本先生はうちのこといつもそう言ってた。

で、数学が大爆発したのが11月の最後らへん。

本番まで2ヶ月なのに、うちは模試で数学のときになぜか頭がパニックになっちゃって、50点だった。

塾戻ってきて、阪本先生と一緒に採点しながら号泣した。

うちはこのままじゃ落ちちゃう。真理子さんを悲しませちゃう。

でも真理子さんは、こんなうちが第一志望に落ちたぐらいで悲しまないかな。うちのことなんてどうでもいいかな。

ってか、うち真理子さんのことばっかり考えちゃってる。真理子さんのために受験に集中したいのに。

こんなの絶対人には言えない。それもつらい。

とにかく泣いた。自分でも何言ってるかよくわかんないのに、とりあえず騒いで泣いた。

泣き疲れたぐらいのときに、やっと阪本先生の声がちゃんと聞こえてきた。

「でもつらいことも隠さず吐き出せるのは咲良のいいところだよ」

うちのことなんか、なんもわかってないくせに。

感情だけ爆発しちゃうのに、なんで嬉しいかとか、なんでつらいかとかはいつも絶対理解されない。

でもなんか、阪本先生がその後に、

「咲良がだめだったら、担当してる俺もだめってことになっちゃうから!だめだなんて言わないでさ」

って言ってて、それでちょっと納得したところはあった。

真理子さん責任感強いし、自分が持った生徒が落ちたってなったら、どんな生徒だったとしてもつらいだろうなって思った。

だからやっぱり、うちは絶対合格しないといけない。

もし落ちたら、真理子さんにとってうちはなんの価値もなくなる。

✳︎

結局、うちはあの後も一喜一憂しながらめっちゃ頑張った。そしたらちゃんと第一志望に受かった。

大学入っても真理子さんのことはずっと忘れなくて、いつか塾に遊びに行こうって思ってた。でもいつ行けばいいかわかんなくて、夏休みにやっと勇気出して遊びに来た。

久しぶりに真理子さんに会うのすごい緊張した。けど会ったら楽しくて無限にしゃべれた。

うちは基本、真理子さんをとにかく褒める。本当にそう思ってるし。

「まりこさんはまじ神」

真理子さんは嬉しそうに照れ笑いしてる。かわいい。チューしたい。

そしたらちょうど阪本先生が来た。

阪本先生にもお世話になったし、なんだかんだ感謝してる。

3人でしゃべってて、そしたら真理子さんがそろそろ行かなきゃって言った。

実は今日、うちは真理子さんにプレゼント買ってきたんだ。

うちなんかがプレゼントしていいのかなってすごい迷ったけど、お礼とかいろいろ気持ち伝えたかったから、勇気出して買った。

渡さないと。バッグの中に隠してたやつ。

あれ?

「あれ!?ない!!」

バッグの中漁ってもまじで見当たらない。

「うそ、さっき買った物なくしちゃった」

阪本先生がバッグの中を覗いてきた。

「本当にないのかよ?」

うちはバッグひっくり返して、中身全部出してみた。ない。

どこでなくしたんだろ。トイレとかに置いてきちゃったかな、電車で落としてそのまま気付かなかったのかな。

そんなことしてたら、時間になっちゃった。

「咲良さん、今日はありがとう!また遊びに来てね!」

真理子さん行っちゃった。

うちは号泣した。

うちはすぐ感情が爆発する。

「咲良はすぐ泣く女だなぁ」

阪本先生にまた言われた。

「大学生になったのに、変わらないよな」

うちはふてくされた。

「失くしちゃったのはなんだったの?」

「教えない」

「なんでだよ」

「またね」

「うん、大人になっても我慢しない咲良でいろよ」

うちは塾を飛び出した。

もうたぶん来ない。わかんないけど。

けどとりあえず、もう一生自分の思い伝えられない気がした。

真理子さんにも、誰にも。



以下の短編小説は、本作との続き物ではありませんが、関連があります。ぜひご覧ください。

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