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戦略的モラトリアム【大学生活編】(41)

朝8時。田園のど真ん中をチャリンコでどんどん進む。

職員室を挨拶して回り、教室に入る。自分は1学年のクラス。まだ小学生らしさが抜けない数人が教室内を走り回る。
「おはようございます」
そこら中から掛け声のようにこだまする。担任の先生が自分を紹介し、手短な挨拶を終える。

まったくもって心のこもっていない挨拶だ。自分ではっきりと分かるんだ。心にもない言葉を並べて、それなりに振舞っている自分はとても滑稽に映る。
「先生はどこの人?」
「どこから来たの?」
「大学はどこ?」

あぁ、うざったい質問だ。

「ここ出身なの?」

あのさぁ、誰しもが母校を好きだと思うなよ。少なくとも俺は大嫌いだ。不登校だった中学校好きになることなんて永遠にない。

「どうかな~」

話をはぐらかし、さっさと実習生の任務をこなす。
校長の退屈な話。
教員の退屈な話。
そして、実習中の授業見学と生徒とのふれあい。

もうやることが満杯で、それ以上何も入っていかないような感覚に苛まれる。
「コミュニケーションが苦手だと、この仕事はできないよ」

とある教員がそういった。

「じゃぁ自分は向かないですね」

苦笑いしながら、正直に話す。

「そうは見えないけど。子供たちと話しているじゃん」
「そう見えるだけです。自分は話すのが得意ではありません」

少しの静寂の後、
「そう……」

その教諭は静かに口を閉じた。

「授業楽しみにしてるわ」

その教諭は笑顔でその講習を終えた。

どうせ、授業がまともにできるわけはないって思ってやがる。その気持ちがスーツから染み出していた。くそぅ。

元不登校のプライドに火が付いた。塾のバイトで鍛え上げたティーチングスキルをフルに発揮して、見学する教諭どもの度肝を抜いてやる。コミュニケーション取れないとどうのこうのって言った教諭の鼻をあかしてやりたい。
自分が受けてきた授業のほとんどは予備校の授業だけ。そして進学塾で働いている。そのわずかな経験を1回目の授業にぶつけてやるしかない。

その日、邪な教育実習生のやる気に火が付いた。

教材研究・授業準備

夜はそれらに没頭。深夜になると、バイトしている塾に電話。

「もしもし、教育実習中の〇〇ですけど」
「おお、うまくやってるか?」
「ちょっと相談したいんですけど、教員どもの度肝を抜きたいんです、授業で」
「〇〇は十分授業うまいと思うけど」
「ありがとうございます。でもそうじゃなくて、『塾』っぽい授業で度肝を抜きたいんですよ。ガッコの授業やりたくねぇんです」

「本気か?なんか言われるぞ」

「いいんです。学校っぽいこと何もやりたくないんです。もともと不登校なんで、ガッコの授業なんて知らないですし、やりたくねぇです」

「怒られるぞ?」

「知らねぇっす。教員免許取れなくても、思い知らせてやりたいんです。ガッコと違う世界もあるってことを。自分はその世界で今まで生きてきました。そして今、その世界で稼がせてもらっています。もちろん勉強もさせてもらっています。だから、そのことを世間に知らしめたいんです」

「……」

電話でも伝わる熱量に圧倒される塾長。そして静かに燃える元不登校児。
教育実習で小さなクーデターが起ころうとしていた。

福島県のどこかに住んでいます。 震災後、幾多の出会いと別れを繰り返しながら何とか生きています。最近、震災直後のことを文字として残しておこうと考えました。あのとき決して報道されることのなかった真実の出来事を。 愛読書《about a boy》