震災クロニクル(東日本大震災時事日記)3/12⑦

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夢も見ないくらい深い眠りについていたのだろう。黒い曇天が静かに開いた。意識がはっきりとして、目覚めたことに気がついた。朝なのか夜なのかさえわからない。

ええと…なにがあったんだっけ

しばらく昨日のコトを考えていた。プレビューを頭の中で再生しながら、コトの重大さにようやく思い至った。外は明るい。時計を見ると、3時をまわっていた。数時間寝たらしい。ふと外に意識をやると、雪が降ったかのように静寂を保っていた。車の可動音さえ聞こえない。やはり日常ではなく、非日常がそこにあった。あれは現実だったのだ。自分は非日常の只中にいる。ふと喉に乾きを覚え、冷蔵庫を開けた。独り暮らしの自分に買い置きがあるわけではない。仕方がないので、財布をもって表の自動販売機に向かった。ヨロヨロと立ち上がり、明らかに寝起きであろう顔をそのままにアパートの通りを数メートル歩いた。通りに人は見られなかった。誰もいないようにひっそりと建物があるだけである。これはどうしたことだろう。世界に自分一人だけしかいなくなったかのような異様な光景であった。一戸建ての家には人がいる様子はない。シンと耳鳴りがすするくらいの静寂である。沈黙ではなく静寂だ。黙っているのではない。そこには生き物がいないのだ。そんな雰囲気である。自動販売機まで歩くと、その異様さが改めて分かった。全ての飲み物が売り切れになっていた。

えっ……

思わず声が漏れた。自動販売機が完売したのである。そんな光景を自分はそのときまで見たことがなかった。

自動販売機で飲み物を買えなかった。他だそれだけのコトなのに、自分の心は深く抉られた。苛烈な現実の一部分を自分は知ってしまったのである。このときにはすでに自分の身の回りで想像以上のコトが起こっていた。喉の乾きはいつしか忘れられ、急いでアパートに戻った。部屋に入り、ラジオをつけた。
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震災であった。
地震、津波、原発トラブル

自分の回りはこの三重苦に覆われていた。
仕事に行かないと……
普段、仕事を嫌がっている人間の発想ではない。ニヤリと自分をほくそ笑みながら、仕事に向かおうとエンジンをかけた。
通りに出ると、そこはまさに異様な光景だった。コンビニか閉まっている。窓には段ボールが張られ、ゴミ箱が自動ドアの前に置かれている。ゴミ箱にはゴミが山のように押し込められていた。駐車場にはゴミがあちこちに投げ捨てられている。ふと向かい側を見ると、ガソリンスタンドにロープが張られ、手書きの看板が見える。

「完売、緊急車両優先」

少し笑ってしまった。これではガソリンがあるのかないのか分からない。とにかく一般には販売できないということまでは理解できた。道路に対向車はない。蛇行運転しても咎めるものはない。
不謹慎なやつだ。
自分自身を蔑みながらも、辺りの様子を眺めながら、低速で仕事場である施設へ向かった。ふとガソリンメーターに目をやると、半分くらいだろうか、ある程度は入っている。まだ心配になる量ではない。しかし、これがいつまで続くだろう。そう考えると不安が大きく自分を包む。ボロの軽自動車で走行距離は10万キロを越えている。調子はいいし、愛着もあるが、少しこの現状では不安だった。燃費の面では心強かったことも間違いなかったけど。
そのガソリンスタンドの光景が脳裏に焼き付き、自分は静かに車内暖房を切り、ペダルを緩めた。

北斗の拳の世界だよなぁ。

閑散とした町並みを眺めながら、ふと思った。

時は20**年!世界は核の炎に包まれた!

嗚呼、バカなやつだ。この非常時にこんなことしか考えられないのか。時々自分が嫌になる。自分が軽蔑している自分自身がまた自己批判を始めた。

仕事場の施設が近くなると、この異様な光景はさらに異様さを増す。重機や作業車両があちこちに見えた。広い正面駐車場には何千もの水のボトルの山である。
どうなってしまったんだ。脇の駐車場に車を停めて、駆け足で施設の事務所に入っていった。

福島県のどこかに住んでいます。 震災後、幾多の出会いと別れを繰り返しながら何とか生きています。最近、震災直後のことを文字として残しておこうと考えました。あのとき決して報道されることのなかった真実の出来事を。 愛読書《about a boy》