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VINTAGE【ストレスと生きるということ】㉙

「顔の半分の神経がね……耳もちょっとね……」
Mさんの調子が想像より悪かった。
「大丈夫なんですか?」
自分も心配して声をかけた。しばらくMさんのお菓子を見かけていなかった。たぶんVintageにも顔を出していなかったのだろう。カウンターテーブルで販売していた手作りの洋菓子を目にしなくなって久しい。
Mさんが久しぶりにVintageにやってきたのだ。マスク姿で顔の大部分をうかがいしることはできなかったが。

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強いアルコール風味の洋菓子が懐かしい。
か細い声でMさん本人から生存確認ができた。

良かったのが半分。もう半分は余計に心配になった。
Vintageで穏やかな話ができるのかと思いきや、顔見せ程度に挨拶を交わした後で、足早に去っていった。
Sさんとカウンターで少し話した。
「神経性のものなんでしょうか」
「分からない……働いているから色々あるんだろうけど……」

社会に出ると、どんなことが起こっても体が資本なんだから自分で労わらないと……無理ばかりしていては後から自分に返ってくるよ。

そんな耳障りのよいセリフはよくテレビで耳にする。しかし、現実はそんなに甘くはない。というか、立ち止まって考えるような緩やかな流れではないのだ。激流のように流れていく社会で、ボクたちはもがいて、もがいて生きていかなければならないのだろうか。
就職活動を半ば諦め、地元に帰る自分にはあまり実感がない。
どうせ地元で何かしらの仕事をするのだろう。

「君も地元に帰って働くなら、ストレスとどう向き合うか今から考えておいてもいいかもね」
スーさんが口を開く。
「こっちで働くよりもストレスはないだろうけど」
マスターも口を開く。

「そうでもないですよ。自分は田舎が嫌で飛び出してきたクチなので、また地元に帰ったら、爆発しちゃうかもしれないですし」

スーさん「何だかんだで地元はいいよ。『かつて知ったる』だしね」
「そんなことないですよ。『かつて知ったる陰湿さ』を再認識するだけですよ」
自分はすぐにそう言い返した。
すると、Sさんが口を開いた。
「自分たちは社会で生きていくうえでストレスからは逃げられないからね。あまりため込むのは良くないし、ストレスがないことは理想ではあるけれど」
自分が言葉を重ねる。
「そうですよ。生きていかなければならないですし、稼がないと……」
するとSさんが自分の核心を突く台詞を言ってしまう。
「稼がないと生きていけない社会が良くないよね」
!!!!
確かにそうだが……それを言ってしまっては、何も言い返せない。資本主義社会だし……

Sさんはすぐに
「ボクはアナキストだからw」
と、ハニカミながら煙草を口にくわえた。

無政府主義(アナーキー)

もしかしたら、それって現代社会の理想なのかもしれない。

その日はその台詞を軽く受け流してしまったが、本当はもっと重い話だと後々に気づくのであった。

福島県のどこかに住んでいます。 震災後、幾多の出会いと別れを繰り返しながら何とか生きています。最近、震災直後のことを文字として残しておこうと考えました。あのとき決して報道されることのなかった真実の出来事を。 愛読書《about a boy》