震災クロニクル(東日本大震災時事日記)3/12⑥

物資の運び込みも終わり、朝が近づくにつれ、市役所の職員も集まりだした。もちろん家には帰っていないようだ。市役所に詰めて、各所の対応をしていたらしい。辺りまだ暗いが、状況は次第に明るみになっていた。

原発は相当やばい状態。(外国人や米軍が逃げだす程度に)

原発の影響で物資が届きにくい状態になっている。

電波トラブルで携帯電話やネットがつながらない。(つながりにくい)

午前4時、外はまだ暗闇。底冷えのする寒さだ。施設は多くの寝息に包まれ、ひと時の静寂が辺りを覆った。テレビは震災と原発関連がほぼ同じくらいの重要度になっていた。アパートはどうなっているだろう。ふと頭に生活のことがよぎる。どうしようもない状態ではあるが、ふとした時に毎日の生活の事を思い出す。震災という非日常の中に日常を顧みる余裕などないはずなのに。こんな時でも私の頭の中は非常なまでに非人間的であった。

ゲオに返すレンタル商品どうしよう。

銭湯は開いてるかな。

朝になったら、アパートに帰って寝よう。

なんて呑気な奴だ。自分でも嫌になる。シビアな状況なのにこんなことを考えている自分はサイコパスなのか。それとも厳しい現実からの逃避行動なのか。自分の心理状態は常人ではない。そう思い込むことだけがこの状況の中自分を保っていられる唯一の思考だった。

「沿岸に千人くらいの遺体があがった。」

市役所の職員が暗がりの中、施設巡回中の私たちに話しかけてきた。ぐったりと肩を落としていた。目も赤みを帯びている。相当な事だったのだろう。気も動転して、狼狽した様子だった。

一方それを伝えられた自分はというとそんなことを言われても自分にはどうしようもなかった。津波の被害が甚大であることは知っていたが、当然そうなるであろう結果だった。特に驚くようなことではない。しかももうどうしようもないのである。怖いくらい冷静な思考と無感情の生き物がまさにその時の自分だった。

宿直のスタッフは明日も自分だろう。家族のことを気にしなくてもいいのは自分くらいだ。天涯孤独だから。まぁいいや。朝は帰ろう。さっさと寝たい。外は次第に明るくなってきた。暗がりの中、薄明りが次第に優勢を極め、辺りを支配し始めたとき、この一連の震災の全容が明らかになろうとしていた。断片的な地震の被害。風聞による津波の被害。原発の状態は私の心に真に刺さらなかった。どこか他人事なのだろうか。その非日常を心のどこかで自分は楽しんでいたのかもしれない。

ゲスノ極みニンゲン

自分はまさにそのようなものだろう。そんな称号があるならば喜んでそれを受け入れる心の余裕が自分にはまだあった。震災という事実はまだ自分にとって他人事。いや、対岸の火事。どこか遠くの国の話としてしか認知できなかった。自分は社会をドロップアウトした人間だし、この世界がどうなろうと、自分にとっての人生のピークはすでに過ぎ去った。後は残りカスみたいな人生だろうと投げやりになっていた自分にとって震災なんて、どうってことない、人生のエピローグなんだろうな。今は与えられたこの状況をどう捉えればいいのだろう。とりあえずはロールを果たそう、この施設に宿泊している人々に不自由がないように。

午前6時。

一斉にあちこちからサイレンが嘶きだした。もはや消防か救急かもわからない。音の嵐は一つの集合体となって海側へと向かっていった。空を見上げると無数のカラスもそれを追いかけるように海へと向かっていく、餌場に向かうように大勢で。想像もしたくないことだが、きっとそういう惨状なのだろう。市役所の職員もひっきりなしに出入りし始めた。弁当が支給され、他のスタッフも出勤してきた。自分は引継ぎをし、さっさとアパートに向かった。帰路で飲み物を買おうとコンビニに立ち寄った。店内は品切れを起こし、弁当の類はガラガラだ。ミネラルウォーターもスッカラカンになっていた。少し焦り始め、500mlのお茶を3本ほど買った。不思議とこんな状況なのに眠気が自分を支配していた。さっさと寝てしまおう。

アパートに到着したが、外見は何も変わらなかった。よくもまぁ、こんなに古い建物なのに倒壊しなかったものだ。中は本棚がひっくり返りひどいものだったが、想像したよりもずっと軽いものだった。おもむろに蛇口をひねると、白い水が出た。

こりゃダメだ。上下水道にトラブルが出ているのだろう。仕方がないので、先ほど買ったお茶で頭を洗った。意外とさっぱりして、気持ちがいい。外では何やら雑踏やら物音が激しかったが、自分はただ隔絶された世界のようにのんびりと泥のように眠った。今マンでのすべて夢だったらと、淡い期待を込めながら。

福島県のどこかに住んでいます。 震災後、幾多の出会いと別れを繰り返しながら何とか生きています。最近、震災直後のことを文字として残しておこうと考えました。あのとき決して報道されることのなかった真実の出来事を。 愛読書《about a boy》