戦略的モラトリアム【大学生活編】(25)
「あっ、初めまして。○○大から来た○○です」
とってつけたような、ぎこちない挨拶の後も議論は熱を帯びる。
「だからさ、TOEICと実用的な英語をもう少し学校レベルに落として、浸透させないと・・・・・・」
「TOEIC bridgeとかですかね。でも、実用的って商用ではないので一概には言えないのでは・・・・・・」
「英検ってそこまで実用的かといえば、教養語学の側面もあるじゃない?」
「そうだけど・・・・・・」
ああ、暑い。この熱気に焼かれそうだ。すごく冷めた目で一歩引いて見るボクは周りからどのように見られただろう。きっと『何だ、こいつは?物見遊山か?』とでも思われているのだろうか。まったく畑の違う輩がここに迷い込んで何をしているのだろう。何の感慨も湧かないし、感動も覚えない・ましてやこの灼熱の議論に参戦しようとなんて夢にも思わない。
絶え間なく議論は続く。
圧殺の30分が瞬時に過ぎた。うっすらと額に汗が滲んだとき、ちょうど昼休みになった。放送を合図に各教室からどっと人が出てくる。自分もその流れに乗り、準備室の灼熱からごく自然に抜け出すことに成功した。
来賓の方々は用意された部屋に吸い込まれていき、学内の食堂には各自持ち込んだ弁当でいっぱいになった。自分は買い物をしようと外に出ようとするが、女子大ということを忘れていた。
「ああっ、そうか」
ここが女子大だということをようやく思い出した。正門に行く足をピタッと止め、再入場時のチェックがうっとうしいと思い、足早に来た道を引き返した。何をするでもなく、学内の売店をウロウロして時間をつぶしていた。とにかくあの空間から抜け出すだけで精一杯だった。
ふと、ATMの横のベンチに腰を下ろして、ぼんやりと今日一日のことを振り返った。
『考えてもみろよ。中学2,3年、高校2,3年と不登校の自分がここにいることすら場違いなんだ。この研究発表で想定している【中学生】に自分は当てはまらない中学生だった。つまり研究の想定外の人物。学校で何の疑問も持たずひたすらに学んでいる模範的な中学生でもなければ、勤勉な高校生でもなかった。ただ自堕落の毎日を垂れ流していた不登校の先駆け的な存在が自分である。研究者の対象外の人物がボクだ。本来ここにいるのを最も忌み嫌われる経歴の持ち主。そしてあの場所の教員の卵たちにとって自分は出来ることならば出会いたくない事例。そして想定したくない事案である。不登校の生徒がいるっていうことを声高に叫ぶつもりはない。ただ、そんな生徒にはどう対処するの?という疑問に英語教育の研究者はどのように答えるのだろう』
また、悩みが深みに嵌まる。ああ、やっぱり来るべきじゃなかったんだ。ベンチから中庭の映える緑を眺めて、女子大生が学んでいる場所の環境の良さに少し嫉妬しながらも、そこから一歩も動けずに研究発表午後の部が始まるのを待っていた。特に気になる発表があるわけでもない。ただ今日という日が何事もなく過ぎればそれでいい。
♪お知らせします。まもなく午後の研究発表が行われます。
あ、始まるのか。自分は重い腰と重い手足、そして重い身体を引きずりながら、またあの研究会場に向かうのであった。
「この研究会も不登校になりそうだよ」