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コンテストの果てに

12月も終わりだというのに今日の午後は急に気温が上がると天気予報士が言っている。春のような陽気になるそうだ。隣で妻が「じゃあコートいらないのかなぁ」と呟いた。

私はnoteを始めてもう5年になる。noteが誕生してほぼ同時にアカウントを取得し自分の城を作った。そのころはまだ駆け出しの小説家だったが私の筆力のおかげか、単に月日が経ったからかは分からないが城は少しずつ大きくなり、今では2000人以上のフォロワーをかかえる大所帯となっている。

ここ半年ほどで一気に流行りだしたnote非公式コンテストとやらを開催したりして、さらに知名度をあげている。

先月おこなった小説コンテストには239作品も応募があり大いに盛り上がった。賞金のためのサポートもたくさんいただき注目を浴びていた。2日前に最優秀作品、優秀作品、佳作の計8作品を発表し、それぞれに丁寧な感想を書いた。応募者たちからは喜び、嘆き、感謝などさまざまな声が寄せられ、フォロワーの数もグッとあがった。

作品を読んでどれを選ぶかの作業は楽しかったし、私の選んだ作品を人々は褒めてくれた。良い作品を選んでいると言われることは同時に私の文章に対する感性を認められることにもなり、その評価が拡散するとまた私のページに来てくれる人が増える。私はコンテストで誰かを評価しながら自分も評価されているのだ。

私は毎朝9時にnoteを開くことを日課にしている。この日もいつも通りnoteを開いたら、フォロワー数に違和感を感じた。

前日には2000人以上いたはずのフォロワーがなぜか1800人に減っている。1晩でこれだけのフォロワーが減るというのは初めてのことだ。突然増えることはあっても突然減るというのはめずらしい。一気にnoteを退会した人が現れたのだろうか。何が起きているんだろう。

タイムラインやnote公式ページをスクロールして同じようなことになっている人がいないかを探してみたけど特に見あたらない。不思議に思ったものの、原因が分かりそうもないのであまり深く考えずにいつも通りその日のnoteを投稿した。

それから私は近所をぶらぶらと散歩した。確かに奇妙なほど外は暖かい。途中スーパーに寄って、おでんの材料を買う。暖かい日だけどもともと今夜はおでんにしようと妻と話していたから予定どおり鶏肉や大根、ちくわなどを買って帰った。

妻と一緒に台所に立ち、おでんを作った。夕食の時間になるまで弱火でじっくりと煮込みつづけたおでんはとても美味しくできあがった。口に入れた大根は熱い湯気を出しながらホロリと崩れる。

妻がワインを飲もうと言うからワインセラーから1本持ってきた。離れて暮らす息子がフランス旅行の土産だと送ってきた赤ワインだ。熱々おでんとワインを二人でゆっくり堪能した。ほろ酔い気分だ。10時頃に妻は眠くなったと言って寝室に向かった。

リビングに一人になった私はコメントやスキの数を確認するためにnoteを開いた。フォロワーの数ももちろんチェックする。

え・・・?!

その数を二度見するほど驚いた。

一瞬、息が止まりそうになった。

フォロワーが1500人にまで減っているのだ。朝には1800人だったフォロワーが夜にはマイナス300人だ。昨夜からだと500人も去ったことになる。明らかに何かおかしい。バグとかそういう問題が頭をよぎる。また慌ててタイムラインをチェックしてみた。機能的な原因がどこかにあるはずだ。同じような事象が起こっている人もいるだろう。

しかしやはり同様のトラブルは何も見あたらず、気味が悪くなって、寝ている妻を起こした。かなり焦っている私に妻は目をこすりながら起きてきて一緒にコンピュータを覗いてくれた。妻も驚いて数字を見つめた。

疑問と混乱に頭を埋め尽くされながら、note編集部へのお問い合わせについて考えていた。何が起こっているのか知りたい。どう考えてもプログラムのエラーだろう。問い合わせてみようか。いやでもまさかフォロワーが減りましたがどうしてですかと編集部に尋ねるような恥ずかしい真似はできない。やはり原因は自分で見つけなければならない。

二人でコンピュータを眺めている最中にも数十単位でフォロワー数が落ちていく。このままだとすぐに1000を切り、500を切るのではないか。

5年かけて強固に築き上げてきた私の城がまるで大地震にでも襲われたかのように大きく揺れている。私の視界も揺れだした。下がり続ける数字に恐怖を覚えた。

妻は言った。

「あなた、何かまずいこと書いたの?」

まずいことを私が書いたのか? 自分に原因があるのか? 慌てて今朝の投稿、昨日の投稿、そのまま数週間、数ヶ月前の投稿にまでさかのぼって内容をチェックしたが何もおかしなところはない。誰かを強く批判したり自分の品格を下げるような行為はどこにも見あたらず、自分の書いた文章のせいではないと思われる。

では何が起こったのだ。

吐きそうだ。時間は夜中の1時を回っている。

そのとき通知が来て、クリエイターへのお問い合わせが届いた。いつも私の小説のファンだと言って、よくコメントをくれるフォロワーの一人「榊原ゆりさん」からだ。彼女は私の開催するコンテストにもよく応募してくれる。私が彼女に賞を授与したことはないが、繊細さのなかにも女性の強さを感じさせる良い文章を書くnoterだ。

彼女がわざわざクリエイターへのお問い合わせ機能を使って何かを伝えてくるのは初めてのことで、私の心臓の鼓動はどんどんスピードをあげている。

篠田様。
突然、申し訳ありません。いつも篠田様の日々の投稿を楽しみに大切に読ませてもらっていましたが、あまりにも驚いたことがありましてフォローを外させてもらうことにいたしました。これまで私のコメントに丁寧に返信くださり、ありがとうございました。実は篠田様のコンテストの結果発表を今朝、読ませていただきましたが、そのなかに書かれていた感想にどうしても耐えられず、お付き合いはこれまでとさせてください。人の嗜好は多様だと分かってはいますが申し訳ありません。お便りをするかどうかとても迷いましたが、何も言わずに去るのは失礼かと思いましてご連絡させていただきました。

手に汗がにじんできた。受賞作品に寄せた感想? 何か私はおかしな感想を書いてしまっているというのか。さっき読みかえして変な文章はなかったはずだ。もう一度、コンテストの感想を読みなおす。マウスを持つ手が震えている。

丁寧にすべての感想を読みかえしても、フォローをこんなにも外されるような内容は見あたらない。妻にも読んでもらったが妻も何も感じないと言う。

どういうことだ。

結果発表した自分の文章を繰り返し睨みつけるように読んでいると、また別のフォロワーからもお知らせが届いた。彼も私を応援してくれていた一人だ。その彼も私の感性を批判する言葉をコメント欄に寄せてきた。一人がコメント欄に投げかけると沈黙は破られ、堰を切ったように次々といくつもコメントが現れた。私を非難する言葉で埋まっていく。まるで悪夢を見ているようだ。

増えていくコメントを呆然と見つめる私に妻は言った。

「あなたが選んだ作品をもう一度読ませて」

私はコンピュータを妻が見やすいように向け、作品を1つずつ開いていった。最優秀作品1つ、優秀作品2つ、佳作4つ、ここまで妻は黙って読んでいた。

そして最後の佳作を読み始めてしばらくすると、妻の顔色がみるみる青白く変わっていく。その青さを見て私の顔からも一気に血の気が引いた。何が書かれている?

私は慌てて画面を覗き込んだ。

その小説を読んで言葉を失った。

ストーリーの出だしは記憶通りだ。何度も何度も読んで選んだ作品だ。だが後半は私の記憶にないストーリーが展開していて、読み進めるのに抵抗を感じるひどい文章になっていた。なんと言えばいいのか説明もできないほどの凄惨な物語。ひどすぎる。こんな小説を私は読んだ覚えもないし選んだ覚えもない。文章が書きかえられている。

私はこの小説に何という感想を書いたのだろう。震える手で画面を切り替えた。

感想:
とても力強い作品です。この作品に対して私は「共感」以外の言葉が浮かびませんでした。主人公の男性が恋人を愛するがゆえにした行為は予想外のことでしたが、愛の真の美しさが見事に描かれています。私は読みながら強く心を揺さぶられ、思わず涙が流れたほどです。今後も素晴らしい作品が生み出されることを願います。

私の感想は完全に色を変えていた。

この小説と感想はおそらくセットになってネット上に広まっていく。いますぐ火消しを始めてもすべて消し去ることは不可能だろう。ネットの世界とはそういうものだ。

コメント欄が、フォロワーの数が、いまどうなっているのかは自分で見なくても妻の真っ白になった顔を見れば分かる。

私は静かにコンピュータを閉じた。

敵に欺かれた愚かな城主に、敵の罠にはまったフォロワーたちが刀を手に一斉に攻め込んでくる姿が見える気がした。


3659文字

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