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#26 奪われた愛(妻編)

金曜日の夜、私は熱が出ました。

ここのところいろいろ考えすぎたからでしょうか。夫の中山が浮気をしてるんじゃないかと疑い始めてからうまく眠れなくなりました。浮気はおそらく間違いじゃないと、電話の向こう側の波の音を聞いて確信してから夜中に何度も目を覚ますようになったのです。

目を覚ましては私の横で寝息を立てている中山を確かめました。そして穏やかな表情で眠る中山を愛しいと思う気持ちがあふれると同時に涙が出てくるんです。

いつ、私は中山の愛を奪われたのでしょう。

私は大学生のときからずっと中山を愛していて大切にしてきました。学生時代の2年と社会人になってからの4年、そして結婚してからの3年、その9年の間、私は一度も中山からの愛を疑ったことはありません。彼の優しさと誠実さに包まれながら互いの愛とともに生きてきました。

中山が私を愛していないとは思いません。彼が私に向ける眼差しはこれまでと変わらず穏やかで優しい。愛情を感じるんです。でも二人で抱き合うときに、ほんの少し何か違うという違和感を感じています。瞬間的に中山が私を見ていない、そんな空気を感じることが何度かあったんです。

熱でクラクラするおでこに、中山が冷たく冷やしたタオルを乗せてくれました。静かに私の頭を撫でてくれます。涙がじんわりと湧いてきました。中山がそれに気づいて心配そうに私を見つめます。

「大丈夫、ただの風邪だよ。すぐ治るからね」

そんな言葉をかけてくれました。

優しい中山はきっと私を見捨てることはないでしょう。彼は私を愛してくれている。私も彼を愛している。部屋から去っていく中山の背中を目で追いました。「どこにも行かないで」という気持ちが強く沸き起こります。不安が私を襲いました。

部屋の向こうから中山がキッチンで水を流している音が聞こえてきました。鍋のガチャガチャする音も聞こえます。たぶん私のためにおじやを作ってくれているのでしょう。私が体調を崩すとそうして必ず、キャベツを煮込んで卵を溶かしたおじやを作ってくれるんです。

私も中山が風邪を引いたら作ってあげます。おじやがいいときはおじやを、おかゆがいいときは梅がゆを。ずっとずっとお互いのつらいときは寄り添ってきました。私は中山に冷たくしたこともないし、きつい態度をとったこともほとんどありません。

穏やかで誠実で優しい中山を大切に、大切に見つめてきたんです。手を取り合って歩んできたんです。

誰が私の中山の心を奪ったんでしょうか。

もし中山がその人を私以上に愛してしまったんだとしたら、私はどうやって彼の心を取り戻せばいいのでしょうか。

それでも中山は私のことは見捨てない。そう信じる気持ちと、彼を失うかもしれない恐怖が代わる代わる襲いかかってくるのを私は必死で耐えるしかないのでしょうか。

答えは中山の中にあります。でも怖くて、それを聞くことができない。

明日の岐阜への出張はもしかしたら泊まりになると言っていました。私は熱にうなされながらこのベッドで一人で眠ることになるかもしれないと思うと、言いようもない寂しさと不安に包まれます。

湯気が揺れるおじやを持って部屋に戻ってきた中山に私は言いました。

「明日、絶対に帰ってきて」


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#短編小説 #連載小説 #中山さん #妻 #仕事 #出張 #浮気

中山さんはシリーズ化していて、マガジンに整理しているのでよかったら読んでみてください。同じトップ画像で投稿されています。

続きはこちらです。

第1作目はこちらです。ここからずっと2話、3話へと続くようなリンクを貼りました。それぞれ超短編としても楽しんでいただける気もしますが、よかったら「中山さん」と「さやか」の恋を追ってみてください。

『中山さん』シリーズ以外にもいろいろ書いています。よかったら覗いてみてください。



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