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#43 霞む愛

ずっと誰にも言えずに一人で抱えていた。奥さんのいる人を好きになってしまってお付き合いをしているなんて誰かに言えるはずがない。きっと軽蔑される。そう思っていたけど友達の春菜には勘づかれて尋ねられて、とうとう泣きながら打ち明けた。

既婚者との恋なんて「やめた方がいい」って言われるかと思っていたけど、そんなことはなくて、春菜は私のこの恋を否定せずにいてくれた。泣き止むまでそばにいてくれて、一緒に夕食を食べてデザートにはプリンを食べて、なんでもない雑談もしながら笑い合った。帰りには「苦しいときは連絡してきて」って言ってくれて、本当に救われた気持ちだ。

許されない恋をしているダメな自分だって分かっているけど、今までこんなに誰かを好きになったことがなくて、私の心は、私の体は中山さんで溢れている。

私は春菜が帰ったあと、すぐにシャワーを浴びベッドに身を沈めた。泣きすぎて考えすぎた頭が少しまだ重かったからもう寝てしまおうと思った。中山さんからラインに返信は来ていない。奥さんが入院した理由は分からないままだし、会社に電話をかけてきた奥さんの声も、電話の向こうで中山さんが奥さんを「利香子」と呼ぶ声も耳に残ったままだ。でもできるだけこれ以上何かを考えるのはよそうとして、じっと目をつむる。

そうしているうちに雨が降り出したようで、雨がベランダの柵を打つコツコツという音が聞こえてきた。音は次第に強さを増していく。天気予報は雨だったのかな、明日には雨が上がってたらいいなと思っているうちに、私はゆっくり眠りに落ちた。

翌朝、アラームの音で目覚めた。

深く眠ったようで、頭はすっきりしていた。でもそのすっきりした頭の中に真っ先に浮かぶのはやっぱり中山さんで、私ばっかり中山さんが好きで自分が情けない。すぐにスマホを持ち上げて画面を見たら通知が2つついていて、慌ててラインを開いた。

「連絡できなくてごめん。今日は仕事に行けるから」

「妻は大丈夫です」

その2つのメッセージが表示された。中山さんが返信をくれたことにも今日職場で会えることにも、奥さんが何か大事になってはいないことにもホッとした。でもそっけないよ、こんなに待ってたのに2行だけなんて。中山さんらしいといえばそうだけど、やっぱり寂しいな。

それに「妻」という文字が私の胸を打つ。中山さんの妻、その響きに嫉妬してしまう。「奥さんの具合はいかがですか」って自分からラインで尋ねたくせに、その返信に心乱れてしまうなんてバカだな。

とにかく朝の支度をして職場に行こう。中山さんの顔を見て安心したい。いつも通りの中山さんに会いたい。たった1日会えなかっただけなのに中山さんが遠くになった気がしてしまう。週末に中山さんの腕の中で感じたはずの愛がほんの少しの時間で霞み始めるなんて、あまりにも脆くて不安定だ。

中山さん、今日はどんな顔をしてるんだろう。いつも通りだよね? ラインをくれたんだから何も心配ないよね? 不安になる気持ちを抑えながら支度を整える。

でも本当は、会うだけじゃなくて中山さんに触れたいよ。

ずっと毎日触れていたいんだよ。


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1つ前のお話はこちらです。

第1話はこちらです。どの回も短めです。よかったら「中山さん」と「さやか」の恋を最初から追ってみてください。さやかの切ない思いがたくさんあふれています。

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