見たことありますか? DMを書いている人を

        あらすじ

 ダイイングメッセージ斧のミステリを読んでいて、以下のような不満を持ったことのある方、一緒に考えましょう!?

・ダイイングメッセージを残す余裕があるなら早く助けを呼べ!
・こんなややこしいこと、死にかけで思い付けるか?
・犯人もメッセージに細工して他人に罪を着せようなんて考えずに、さっさと読めないようにすればいい。

        本文

 最初に断っておくと、ここで言うDMとはダイレクトメールのことではない。
 ダイイングメッセージ、死に際の伝言を意味しているのである。

 ミステリやサスペンスドラマなどをたくさん読むなり観るなりしてきた人達の多くは、ダイイングメッセージについてこんな疑問を抱いたことがあるのではないか。

1.メッセージを書いている余裕があるのなら、助けを求めて足掻けよ!

2.死にかけでそんなややこしいこと、よく思い付くな~。

3.犯人はダイイングメッセージに気付いたのに、何故、破壊せずに、ちょこっと付け足して他の人を陥れようとするの?

 他にもあるだろうが、だいたいは上の三つに集約されるのではないか。
 この内、1は案外ハードルが低いのではないかと思えなくもない。普段からミステリにどっぷり浸かっている人であれば、襲われて死を意識したら、ダイイングメッセージを書き残そうと高確率で考えるんじゃないだろうか。
 いや、そんなミステリマニアであろうとなかろうと、本当に死を覚悟したときに人は書き残そうとするかもしれない。むざむざと死ぬのは嫌でしょ、誰だって。

 それに対して、2は逆にハードルが高いんじゃないかと感じる。たとえば、頭を殴られて血をだらだら流し、陥没骨折した状態で、自分の血を使ってメッセージを書き残すだけでも、物凄く大変な作業だろう。中には、自分の頭がぼこっとへこんでいるのを指で触っただけで、気を失う人だっている気がする。
 死にかけているんだから、残すメッセージも簡単なものになるのが普通で、まあ、分かるのであれば犯人の名前を直接書くはず。
 名前をストレートに書いているのを犯人に見付かったら、メッセージを消されてしまう? そんな心配してもしょうがない。これは3とも関わってくる事柄になるが、犯人がまともな思考の持ち主であるなら、被害者が最後に残したメッセージなんて、破壊するのが最善の対策に決まっている。換言するなら、犯人に見付かる位置にダイイングメッセージを書いても無意味極まりないんだ。
 人の脳は死に直面すると活発に活動し、日常では考え付かないような素晴らしい閃きを得る、みたいなことを言った作家がいるとかいないとか聞く。けど、多分、それはない。素晴らしい閃きをするんだったら、助かる方法を見付けるのに発揮されるべきだ。無論、普段から発想が柔軟で、殺されかけていてもユニークなアイディアを捻り出す人はいるだろう。しかし、少数派だ。間違いない。
 被害者はもしダイイングメッセージを残すのであれば、まず犯人の名前を書くと心に決めて、犯人に見付からない位置に書くことを念頭に、冷静沈着に振る舞えば成功するパーセンテージが高まるだろう。

 3に関しては、誘惑に駆られるというのが原因になろうか。
「うわ、こいつ俺の名前書きよった。こういうのは他の血でぐっちゃぐちゃにして読めんようにするのが一番やな。でも待てよ……。ここに一本、横棒を引いて、こっちを四角で囲えば、こいつの仲の悪い弟の名前になるやん。うわ~、どうしよ。悩むわ~」
 ……というようなことを、殺人犯が殺人現場で考えるかどうかは不明だけれども、犯人も冷静になる必要がある。悩まずに、メッセージは消す、破壊するに限る。仮に付け足して小細工しても、今の科学捜査であれば、どの線を後から付け足したか、分かる場合もある――知らんけど(関西弁風に)。

 ところで。
 ややこしめのダイイングメッセージを残しても、おかしくないと言える状況が、少なくとも一つはある。
 それは、“このままだと自分の身に死が緩やかに訪れる”と分かっており、なおかつ、“自分の死体を最初に発見するのは犯人である可能性が高い”というケースである。
 よくある例で言えば、閉じ込められた状態で餓死か窒息死を迎える、という設定がこれに該当する。金庫室とか地下室とかシェルターとか。そういった密閉空間に閉じ込められて出られなくなり、外部と連絡が取れない。しかもその密閉空間を開く鍵を持っているのは犯人のみとなったら、死を覚悟するでしょう。
 そういった状況でなら、被害者は摩訶不思議なダイイングメッセージを残すことに全力を注いでもおかしくはない。
 だが、凝るべきは書く場所がメインであって、メッセージの暗号性に凝るのは徒労に終わる恐れが強い。犯人がもしそのメッセージを警察に先んじて見付けたら、破壊するのが普通なのだから。

 ところで。
 私がここまで書いてきたことは、大半が実体験に基づいている。
 二桁にのぼる数の人を殺してきたけれども、ダイイングメッセージを書くような被害者にはついぞお目に掛かったことがない。もちろん、その被害者達はいずれも私の顔と名前を一致させて覚えており、犯人の名前を本気で残すつもりであったなら、絶対に書けたはずなのである。
 厳密に言うと、一人だけ、書こうとした奴がいた。だが、当時は私も若く、殺人初心者も同然だったため、つい焦りが生じた。倒れ伏した状態で何か書こうとしている被害者の後ろに忍び寄り、慌て気味にとどめを刺してしまった。現在の時点で振り返ってみると、惜しいことをしたと感じる。あのとき好きなように書かせておいて、それから殺害していても充分に時間的余裕があったのだから。

 話は逸れるが、ダイイングメッセージのミステリ作品としての弱さは、名探偵サイドには答合わせができない点にあるんじゃないかと、考えないでもない。名探偵がその優秀な頭脳で素晴らしい解釈をし、メッセージを読み解いたとよう。
 しかし、書いた当人は基本的に死んでいるのだ。
 名探偵の推理によって導き出された“答”がたとえどんなにとんちが効いて、人間心理の盲点を突いた非常に面白い物であったとしても……正解とは言い切れない。
 犯人が被害者のダイイングメッセージに小細工をしていた場合は、多少答が分かるものの、それとて被害者が書いた分のみに対する解釈が果たして正解しているか否かは、被害者にしか分からないのである。

 話を戻す。
 私は人を殺めていくにつれ、一度くらい本物のダイイングメッセージをこの目で現認したいと願うようになっていた。
 そして何だかんだと愚痴めいたことを言ってきた。が、普段の殺しでそんなことは考えない。さっさと現場を立ち去るに限る。
 今日は特別だ。
 何故なら――さっき殺したばかりの男が、頑張ってメッセージを残していたのだから。
 これが噂に聞くダイイングメッセージの本物か……と感動を覚えなくもない。記念に写真の一枚でも取っておきたいんだが、そんなことをしてもしも警察に見付け出されたら、殺人の動かぬ証拠になる。涙を飲んで諦めた。
 諦めが付いて、気分も落ち着いたところで、私はメッセージを消そうとした。が、傍と妙な点に気が付き、動きを止める。

 被害者が書き残したメッセージは、「山田」。

 人の名前に間違いない。だけれども、山田は私の名前とは違っているのだ。
 この男はどういうつもりで山田なんて書いたんだ?
 男と私の共通の知り合いに、山田姓の者は確かにいる。けれども、私と山田とは似ても似つかぬ外観をしており、間違えようがない。
 もしかすると、この男が山田をこの上なく恨んでおり、どうせ死ぬんだったら、真犯人(私)の存在は最早どうでもいいから、山田に濡れ衣を着せて、あわよくば処刑台に送り込みたい、と考えたのか。
 だが、私の知る限り、男と山田の仲はすこぶるよく、恐らく今までに口論すらした経験はなかったであろう。それにちょっと日付が曖昧だが、山田は昨日から欧州旅行に旅立ったはず。少なくとも今日のアリバイは完璧に成立する。死んだ男もそのことは把握しており、山田の名前を書き残しても無駄であると分かるはず。
 うーん、分からない。
 問答無用で破壊し、読めなくするつもりだったのに、できなくなってしまったではないか。
 ここは原理原則に従い、メッセージを破壊し、読めなくするべきか。
 でも、私の知らないところで、男にはまた別の山田という知り合いがいて、そいつに罪を着せたいがために、山田と書いたんだとしたら、死者の意思は尊重すべきである。私にとっても都合がよい。
 悩みどころだ。

 ダイイングメッセージを破壊せず、改変したくなる犯人の心理が、ようやく理解できた気がした。

 終

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