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告白は桜の花びらに囲まれて

「あ……桜の花が落ちてきた……」

歩莉(あゆり)は嬉しそうにレジャーシートに落ちてきた桜の花を優しく拾った。

薄いピンクに染まった桜の花を自分の髪につけ、皆んなに見せる。

歩莉の栗色のセミロングヘアーが風に揺れ、桜の花と髪の色が似合う。はにかむ顔はとても可愛らしく目に映る。

今日はサークルの仲良し5人でお花見に来ていた。

それぞれが、大きくせりだった桜の花をチラチラ見ながら、この青く澄んだ空と穏やかな空気を感じている。

桜の下では話しも弾み食事も進む。

そんな中、1人だけ何だか落ち着かない碧(あお)は、桜の花よりも歩莉の顔が気になる様子でチラチラ見ている。

歩莉以外は皆んな幼馴染で気心が知れていた。
幼馴染の1人が碧の顔を見ながら話し始める。

「碧〜。飲み物が無くなったから調達してきて」
「何でおれ?」
「あんまり食べてないから、食べたいのがここにないんでしょ?好きなもの買ってきていいし……」

碧は、自分が見られていた事を知ると落ち着かなくなりこれ以上文句も言えない。

自分の心内までバレてしまったかもしれないと思うと、急に恥ずかしくなった。

買い出し行く気はなかったが、この場に居づらくなり、急いで買い出しに行く事にした。

碧が立ち上がり買い出しに行く準備を始めると、誰かが歩莉に声をかけた。

「歩莉ちゃんも碧と一緒に買い出し行ってきて。1人じゃ持てないかもしれないから」
「わかりました。碧先輩一緒に行きますね」

歩莉は碧に笑顔で微笑みかける。
碧は先程まで仏頂面だったが、歩莉に声をかけられると、すました顔になり歩莉に頷いた。

2人が買い出しに行き姿が見えなくなると、3人は一斉に口を開き始めた。

「碧……歩莉ちゃんに見惚れすぎだろ?」
「でも歩莉ちゃんは気がついてないよ。天然だから」
「2人きりにしてあげたんだから碧も帰ってきたら落ち着いて、花見する気分になるんじゃない?」

3人は、碧の性格を熟知しており、いろいろ容易に想像でき顔を見合わせながら笑っていた……。

***

買い出しに行った碧と歩莉は無言で満開になった桜並木を歩いていた。

並んで歩き始めたはずなのに、いつの間にか碧が前を歩き歩莉が3歩後ろを歩く。

碧は思ってもないタイミングで2人きりになった事にかなり動揺していた。

歩莉に歩くスピードを合わせる事もできず、周りも見えていない。

桜並木は多くの花見客でゆっくり進んでいるが、碧だけは人を避けスピードを出して歩いていく。

ーーー歩莉と2人きりになれた。告白できそうだけど、どこでしよう……。でも振られるかも
しれないし……やっぱりやめようか?どうしよう……。

「碧先輩……碧先輩……」

後ろから呼びかける歩莉の声は、碧には聞こえていない。

碧の意識は自分の中だけにあり、どんどんスピードを上げて歩いて行く。

すると突然、碧は勢いよく右腕を後ろから強く掴まれた。

驚き、振り返ると歩莉が少し怒った表情で碧の右腕を引っ張っている。

「碧先輩……。何回呼んでも気がついてくれないし……」

碧ははっとして歩莉に謝る。

「ごめん。考えごとしてた……」

碧は歩莉の顔を見た後、掴まれている自分の右腕を見た。

歩莉は碧の視線に気がつき、すぐに手を離す。

「ごめんなさい。碧先輩が先に行ってしまいそうだったから。せっかく綺麗な桜見つけたから見てほしかったんです」

碧は告白の事で頭がいっぱいになり、せっかく歩莉と2人でいるのに自分の世界に入りこんでいた。

ーーーこれでは本末転倒。今日は告白は辞めることにして2人の時間を楽しもう。

自分に苦笑しながら歩莉に話しかける。

「ごめんごめん。綺麗な桜ってどの桜なの?」

歩莉は碧が自分の話しに興味を示してくれた事がうれしくなった。

満遍の笑みで碧の右腕を引っ張り、すぐ近くの小川まで連れてきた。

「ここです。すごくないですか?」

歩莉が指をさしたのは、小川沿いに桜の木が綺麗に並んでおり満開となっていた。
沢山の花びらがひらひらと水面に落ちている。

落ちた花びらは、川いっぱいに広がり水面が桜のじゅんたんとなっていた。

ーーー確かに目を奪われる。

どんどん舞い散る桜の花びらは透明度の高い水に乗りゆっくり流れていく。花びらが動けば、水面が少しだけ顔を出し、光が反射しキラキラ輝く。

碧は今日花見に来て、始めてじっくり桜の花を見つめていた。

「たしかに綺麗だね……」

桜を見るといつのまにか碧の表情は柔らかくなり、いつもの優しい碧の顔になっていた。

歩莉は桜に夢中になる碧の顔を見て微笑む。

「好きです……」

碧は小さい声だったが、確かに歩莉の声が聞こえた。驚いて歩莉を見る。

今まで気にならなかった心臓の音が突然主張してきた。碧は自分の早くなった心臓の音しか頭の中に入ってこない。何も考えられなくなっていた。

歩莉は、恥ずかしそうに碧を見つめる。

碧は歩莉の白い肌が桜の花と同じピンク色に変わっていく事だけ理解できた。

碧は愛しくなり、横にいる歩莉の背中に両腕を回し強く抱きしめる……

先程と違う2人の関係なんて気にする事はない桜の花びらは、いつものようにゆっくり舞い落ちる。

太陽の光も川のせせらぎも時間を止めているかのように、暖かい空気をまとわせ2人を祝福していた。

ーーー今日はちょうどいい穏やかなお花見日和

END

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