実習先で会った初恋の彼は、夢を諦めている!【第2章】
歩夢は予定どうり手術を受けた。
手術から数日後歩夢からLINEがきた。
手術は無事に終了し、右膝下の切断をしたようだ。
やはり、下肢を切断した後、全く辛くない事はないようだったが、自殺を考えたりすることはなく、これから頑張っていく。
ということが書かれていた。
碧海はLINEを読んで胸が苦しく、でも何だか暖かくなった。
歩夢は、失望だけではなく、これからの未来を考えていたから……。
ちょうどその頃から碧海も、歩夢の病棟での実習が終わり、院外での保育園実習が始まり忙しくなっていた。
そのため病院に行くことがなくなり、歩夢とも会えない。
たまに歩夢からLINEがきたが、手術後のリハビリは辛いはずなのに、弱音は1文字もなかった。
碧海も、歩夢の術後の経過は気にはなっていたが、歩夢もリハビリを頑張っていると思うと、歩夢の邪魔をしたくないと考えていた。
歩夢に刺激を、充分にもらっている。
自分も夢に向かって頑張るしかないと感じていた。
ある日、LINEで歩夢は久しぶりに碧海を休みの日にあの中庭に呼び出した。
碧海と会うのはあれから3週間ぶりだった。
碧海はいつもの中庭に向かうと、歩夢が車椅子に乗っている姿を見つけた。
歩夢は車椅子に乗り義足をつけているようだ。
しばらくすると、歩夢は碧海が近づいている事に気がつき、大声で叫んだ。
「見てて!」
突然車椅子から立ちあがり、ベンチの背もたれに掴まり緩やかな坂になっている芝生の上を歩く。
緑色の芝生は、歩けばサクリサクリと音がした。
「どう?頑張ったでしょ?」
得意気につかまり歩きをする歩夢は、碧海の顔を満足そうな顔で見た。
碧海は興奮しながら歩夢のもとへ走っていく。
「すごい!すごいよ!頑張ったね!」
「まだまだなんだけど、少し歩けるようになったんだ!」
歩夢の両腕を興奮した碧海は掴み、ぶんぶん上下に振る。その反動で体勢を崩した歩夢と碧海は芝生の上に倒れこんだ。
歩夢も碧海も怪我はなかったが、碧海の上に歩夢が重なるように倒れ密着した体勢に2人とも顔が赤い。
碧海は、この落ち着かない雰囲気を消したくて、歩夢に謝罪した。
「ごめん。私のせいだよ倒れたの。怪我はない?」
「大丈夫だよ」
お互い目を合わせて返事をしたものの、顔が近く息がかかる。その後の無言がまたお互いを意識させる。
「碧海さん…好き」
歩夢は、今まで見た事がない男の顔をしていた。
碧海は頬を両手で抑えられる。
碧海の鼓動は、どんどん早く大きい音になって煩い……
歩夢が碧海の唇にゆっくり口付けをした。
歩夢も緊張しているようで、震えているのが伝わってくる。
碧海は、誰かに見られているかもしれないのにと頭では理解できているのに、歩夢のキスは段々深くなっていく。
そして、歩夢から身体を強く抱きしめられた。
碧海は、予想していなかった甘酸っぱい展開に頭の中が混乱してくる。
ただ、歩夢のキスは嫌ではない。
歩夢への気持ちを繰り返し頭の中で、自分に問いただす。
しばらくして、少し歩夢の腕の力が緩くなるのをみて、碧海は身体を歩夢から離した。
唇にはまだ互いの生温かい感触が残り、お互いが火照った身体を冷やすように見つめ合う。
そして、碧海は自分の気持ちに答えがでた。
「歩夢くん。私も好き……」
歩夢は嬉しさのあまり、また碧海を抱きしめ、キスをしようとする。
咄嗟に真っ赤な顔の碧海は、歩夢の口を右手で押さえた。
「歩夢くん……ここ病院だから!外だから……」
身体を離し、碧海の手をはずし、意地悪な笑みをした歩夢が碧海の顔を見る。
「じゃあ部屋の中なら何してもいいの?」
この意地悪の顔の歩夢を碧海は知っている。
昔、図書室で手を握ってきた時の顔だった。
碧海は恥じらい怒ったふりをした。
「もう知らない!」
歩夢は怒る碧海を愛しい目で見つめ微笑む。
2人は再び目を合わせると声を出して笑った。
そのまま芝生に寝転び澄み切った空を見る。
春の終わりを告げるかのように、濃い青い草の匂いが鼻まで届き懐かしい感じがした。
「碧海さん。中学生の頃、図書室で手を繋いだの覚えてる?」
碧海は顔を横にし歩夢を見て、気になっていた答えを聞きたくてうずうずしていた。
「覚えてるよ!何であの時手を繋いだの?」
「俺もよくわかんない。好きだったのかな……」
碧海は予想外の返答に唖然とした。
歩夢は懐かしむように、空を見ながら記憶を紐解いていく。
「あの日でもう最後だったから、碧海さんともう会えなくなるの寂しいと思ってた。手が当たって、無意識に手を繋ぎたくなった。手繋いだら今度はドキドキしてきて、碧海さん見ると碧海さんも真っ赤で、そしたら逆に自分は冷静になれて、碧海さんを苛めたくなった」
碧海は黙って聞いていたが、歩夢の話し終わると声を出して笑った。
「それ中学生男子の好奇心じゃないの?」
歩夢もつられて笑った。
「それもあるかも……」
2人でひとしきり笑った後、歩夢は真面目な顔に戻る。
身体を横にし、頬に手をあて肘をたて碧海の方に身体を向けた。
「でも、寂しかったのは本当なんだ。今日もそうだよ。俺……明日退院するんだ。だから、碧海さんにどうしても今日会いたかった。お世話になった感謝もしたかったけど、中学生の時みたいに、このままお別れは嫌だったんだ……」
子供達がいつものように、遠くでサッカーを始めた声が聞こえはじめた。
碧海も身体を横にし、歩夢と同じ体勢になり歩夢を見る。
「退院決まったんだ。おめでとう」
「退院したらもう会ってくれない?」
歩夢は不安そうな眼差しで碧海の返事を待つ。
碧海はちょっと考えた後、何ともないような顔をした。
「そんなはずないよ。バスケ観に行くんでしょ?」
一瞬で歩夢は嬉しそうに目を細める。
「じゃあ連絡する。楽しみ!これで終わりって言われたらどうしようかと思ってた」
胸を撫で下ろす歩夢に、碧海は意地悪な笑みをした。
「意地悪するなら考えるけど……」
歩夢は再び意地悪な笑みをして笑った。
「するかも……」
2人の笑い声は、近くで遊んでいた子供達に届き、子供達は2人の様子を伺っていた。
***
あれから数年後、パラリンピックで車椅子バスケットボールが金メダルをとり、連日大々的に雑誌やTVで取り上げられている。
選手の名前が並ぶその列の1人に栗屋 歩夢の名前が並んでいた。
歩夢のインタビュー記事には、事故で切断をするまでの葛藤や絶望感など記載されていた。
そして、人生を変えてくれた人として碧海への感謝と同じ待遇の人へのエールが記載されていた。
仕事の休憩中にその雑誌を読み終わった碧海は、顔を真っ赤にして恥ずかしくて雑誌で顔を隠した。
ーーえっっ!!何これ!
耳まで真っ赤になった碧海は白衣と対照的な色合いで余計に肌の赤さが際立つ。
雑誌には予想外のことが記載されていた。
ーー全てを諦めていた僕に生きる喜びや夢を与えてくれた彼女に感謝しています。車椅子バスケに出会えた事も彼女のおかげです。
(最後に彼女さんに一言お願いします。)
ーー碧海、愛してる。結婚しよう……。
歩夢の大胆なこのプロポーズに碧海は予想もしておらず普段は気にならない音の心臓が大きな音をたてている。雑誌を持つ手が震えた。
歩夢と出会った頃がよみがえる。
あの頃は、自分もまだまだ看護学生でわからない事ばかりで、医療者としては歩夢の役に立ってなかった。ただ歩夢の友達としては、少しでも役にたちたいと必死で動いていた。
看護師となった今考えると、気持ちだけで動いていた頃が懐かしく、温かい気持ちになった。
ーー歩夢にやられたな……。
今では彼氏となっている歩夢に大切にされ、幸せをもらっている。返事はもちろん決まっているが、時折する意地悪な笑みをした歩夢の顔が頭の中にちらついた。
ーー仕返し、たまにはしないと。私が意地悪して驚いた顔を見たい!
碧海は休憩時間中、意地悪な笑みをしながら歩夢にプロポーズの返事のサプライズを考えていた。
周囲の後輩が、幸せそうな顔をしている碧海をチラチラ見ていることも知らずに……。
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