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🌕満月の夜に黒猫は🐈‍⬛

今宵は満月。

黒猫達は走り出す。
暗い夜空にぽっかり浮かぶ黄色い月を見つけ
星達もキラキラひかり満月を喜ぶ。

⭐︎

私も満月が来るのを早く早くと待ち続けていた。
早くあの人の所に行きたいの。

満月を見ながら私はぐぅーっと背伸びをする。
手足の感覚を確かめるように冷たく固いアスファルトをゆっくり叩いた。

感覚を確認しながら歩き始めたものの、早く早く会いたくて、気づけばどんどんスピードを上げ走っていた。

走る途中で満月の他にも明るい光は溢れていて。
中を見ずとも知っていた。

その四角い枠の中では、皆んなが笑っている。

怒っていても、泣いていたとしても、温かい。
私はそれをよく知っている。

その懐かしい暖かさに、少し寂しくて羨ましくて、そして切なくて。

大切なものが詰め込まれている箱の中。

それを横目に走りすぎる。
自分の行きたい所を目指して。

早く早く大切な人達ちの所へ。

昔誰かが言っていた。
満月には不思議な力あるんだって。

それを真んじた私も昔、
大切な人達と満月に願った。

——楽しい時間を長く過ごせますように。

あの頃は真相なんてわかるはずもなかったけど、満月の不思議な力は本当にあったの。

この満月の日にだけ、皆んなが黒猫になれる日。
現世に降りることができる日。

私は真っ黒の毛並みの猫。
目が黄色くてまるでお月さまが2つ入っているみたいな。

私は目的地である木造の一軒家に到着した。
よく知っている、私が住んでいた
私の家族がいる家。

縁側には夫が1人お茶を飲みながら月を眺めている。
その何ともない光景が懐かしくて嬉しくて。
私はコンクリートの壁に座りじっくり見ていた。

懐かしい人。
それは私が愛した人。

新緑のお茶の甘い匂いが強く鼻に届く。
今年も茶摘みの時期が来ている。

あの頃見た茶畑のように、また金緑色の葉をつけ光輝き、風に吹かれているのだろう。

私が黒猫だって貴方は気がつかない。
それでも貴方に会いたかった。

そして、貴方と私の視線は交わる。
私が人間のあの頃のように。

「また来たのか?この家が気に入ってくれたのかな?よかったらこっちにおいで……」

知らない猫にでも優しくできる人。
誰にでも優しくしているなんて嬉しいけど、
何だか少し嫉妬心も芽生える
それくらい好きな人。

私は思わず鳴いた。
——にゃ〜。(わたしよ?)

「お前も月を見に来たんだろ?」

——にゃーにゃー。(貴方を見に来たの)

私は縁側に近づいて気がついた。
夫の横にはエンジ色の座布団が置かれている。
見覚えがある古びた座布団。

私はエンジ色の座布団に座った。

「マイの座布団がいいのか?」

——にゃーにゃー。(なぜここにあるの?)

「マイが座っるみたいだな。猫をマイって……マイに怒られるかな?」

猫の正体が私だと感じてくれたのかもしれない。
しきりに鳴いてみた私。

——にゃーにゃー。(私のことわかるの?)

期待して勢いよく夫の顔を見る。
夫は顔を歪めて笑い、私を優しく見つめていた。

——にゃーにゃー。(わかるはずないか)

愛しい貴方に触れたくて
私は、夫の膝の上に移動した。

夫は眉を下げ、私の顔を確認しながら、大切そうにゆっくりゆっくりなでてくれた。

夫の大きな手のひらで優しく撫でられ、暖かくて安心できる。

あの頃、癌に身体が蝕まれ痛みに泣いている時。ずっと撫でてくれたあの頃を思い出す。

「満月には不思議な力があるって言われてからさ。ずっーと、満月に願ってるけど、マイに会わせてくれないんだ。難しい願いだもんなーそんな簡単には叶えてくれないよな」

——にゃーにゃ(叶ってる!)

バタバタ元気な足音が後からした。

「お父さ〜ん!またお母さんと月見してたの?お母さんの座布……あっ!かわいい黒猫ちゃんまた来てくれたんだ!この前食べ物なかったから、次来た時にと思って、ちょっと待ってて〜」

いつの間にか大きくなった高校生の可憐(かれん)は、走って奥に戻り、また戻ってくる。

猫用のおやつを持って嬉しそうに。
優しい貴方はお父さん似なのね。
いい子に育って良かった。

私は大好きな2人と幸せな時間を過ごす。

私が生きていた時の願いを
まだ満月は叶えてくれている。

大きな満月を3人でまた見た。
あの茶畑で願ったあの日のように。

また今度の満月にもここに来よう。

貴方が私の事をわからなくても
お茶の匂いも
貴方の声も
優しい手も

変わらない優しい貴方が大好きだから。

——満月の夜に黒猫は幸せを味わう。


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