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古代祭祀 地方独特の信仰 神道とまとめられたのはいつなのでしょう

トップ写真 対馬 天神多久頭魂神社 背後の山が祀神


扁桃腺手術 その後少しマシになりました

扁桃腺手術から1週間経過。
ずっと飲み続けていた痛み止めと抗生物質。
そのうちの抗生物質は昨日で終わり。

そのせいかどうかは分かりませんが、
痛みは少しましになった気がします。

とはいえ、薬が切れた状態だと、
水を飲むことも苦痛な状態。
まだ続いてます。

良い兆候としては身体の倦怠感。
かなり良くなっています。
あとどれくらいで痛みはなくなるのか。

普段は全く気にすることがない自分の身体。
不自由になって、
初めてそのすごさに気づきます。
何気に過ごせる日常。
本当に有難いことです。

実は離島が大好きです

さて前回、神道の流れについて。
私の私見を書きました。
(断っておきますが、私は学者ではないよ)

その中で、
対馬と壱岐島についても少し触れました。

実は私は島が好きです。

理由は、島固有の交通の不便さ故、
独自の文化が形を変えず継承されている。

これは島に限らず、
交通の便が悪い地方の田舎。
徳島県にも共通するところ。

そんな中、これまで訪問した島。
対馬、壱岐島、隠岐の島、佐渡島。
近場では淡路島に小豆島。
しまなみ海道の島々など。

対馬 姫神山砲台から入り組んだ対馬特有の地形
壱岐島 猿岩
隠岐の島 ろうそく岩 夕陽が重なると蠟燭に火が灯っているように見える
佐渡島 佐渡金山工場跡 世界遺産登録なるか
愛媛 大三島 大山祇神社

今一番行きたいのが小笠原諸島と五島列島。

太平洋沿岸は忌部氏の痕跡が残ってますが、
父島までも航海していたのか。

五島列島は、隠れキリシタンが有名。
ですが、対馬や壱岐と同じように、
神道が入って行ったのか。
また、キリシタンが神道をどう利用したのか。

そんなことに興味あります。

せっかくなので、
今日からしばらく、
島シリーズを書いてみようと思ってます。

日本の先鋒 対馬について

今日は前回を踏襲して対馬編。

対馬はその位置関係から、
我が国の重要な要諦です。

大陸諸国と対峙する先鋒的な位置。
それにより、
元寇の際はほぼ全滅という悲惨な過去。

 対馬 小茂田浜神社 元寇古戦場 ここで全滅
対馬 銀山神社 元寇で討ち死にした宗家初代 宗助国公の太刀塚

近代でも、日本軍の重要な砦。
日露戦争、大東亜戦争に備えて作られた軍事遺跡。
多く残っており、神社ふくめ、
歴史マニアにとっては、
一度は訪れたい場所ではないでしょうか。

対馬 日露戦争に備えて作られた姫神山砲台跡
大東亜戦争に備えて作られた豊砲台跡 圧倒的な抑止力であったため、一度も使われなかった

元々神社は石の祠

今日、
特にご紹介したいのが古代祭祀形態が残る神社。

写真に撮っても、全くもって地味。
興味ない人にとっては気持ち悪い。
そう感じるだろう神社。
あえて多めに紹介しますね。

今でこそ、神社はおめでたい場所。
ですが、元々は墓です。
死んでから神様となった実力者の古墳。
そこに祠を建てて祀った。
これが神社。

対馬 霹靂神社 神功皇后の側近雷大神を祀ると言われている
霹靂神社 海の鳥居 美しい海です
霹靂神社 鳥居から階段を昇って社殿横 むき出しの石棺 古墳です

後の世に、各地へ渡った子孫によって、
元の地にあった御霊は分霊され、
新しい土地にて、
今でいう神社が作られて行った。

その神社も、昔は石の祠。

対馬 天諸刃神社 石祠

今では豪華絢爛な建築物が目を引く立派な神社。

言うなれば、それはダミー。(私見です)
その立派な社殿がある境内周辺。

くまなく探してみると、
一見、不気味な石祠。
見つかるかもしれません。
それが古代からの祭祀スタイルです。

対馬  胡禄神社 拝殿横にあった石積み こちらも古墳でしょう
対馬 和多都美神社 豊玉姫の墓だそうです 石崩れてます

阿波と対馬の共通点

そのような古神道の名残。
多く残っているのが阿波と対馬。

そして両者にはかなり共通点がありました。

それは何と言っても石積みと石祠。

徳島 天岩戸神社 ここは本当に別世界 神道なのか?ヤバい雰囲気です
徳島 八倉比売神社 天照大御神の墓説あり 五角形の石積みに石祠 下は古墳

対馬で巡った神社は式内社。
なんと、
対馬には29社の式内社が記録されてます。

九州本土に比べると、とても小さな島。
(と、言ってもかなり広いです)
九州全体で式内社は98社。

そのうち29社が対馬。
24社が壱岐島。

半数以上が、対馬と壱岐へ集中。
残りの多くが北九州エリア。

私の推測になりますが、
古代倭王権の支配地域。
北九州エリアから大陸方面の島々。

中九州から南九州エリア。
古くは、倭王権と敵対する勢力であった。

しかしながら、
そんなエリアが天孫降臨の地。
現代では通説となっている。

話逸れました。

対馬固有の天道信仰

対馬独特の信仰。
天道信仰というものがあります。

元々は、太陽の光が女性の陰部に当たり、
女性が妊娠。そして出産。

母神と子神を合わせて信仰するように。
母神は山麓。子神は山上に祀るスタイル。
石の塔を作って太陽を拝む信仰です。

天神多久頭魂神社は正にそんなスタイル。

対馬 天神多久頭魂神社 昔は鳥居もなかったでしょう 石垣で囲っていた
独特の石柱
拝殿?というのか?狛犬かわいい


対馬 天道神社 鳥居の先は
木で囲われた秘密基地のような空間
入ってみると、石祠 

母神と子神はいつしか、
神功皇后と応神天皇へ置き換えられ。
また、ウガヤフキアエズと豊玉姫など、
親子神の信仰へ。

対馬中心地 八幡宮神社 神功皇后 応神天皇等を祀る なぜか小西マリア(キリシタン)を祀る今宮若宮神社も境内社に
対馬 和多都美神社 豊玉姫とホデリ(山幸彦)を祀る

明治以降は国家神道の展開により、
祀神は日本神話の神様に置き換えられた。

と、簡単に要約しましたが、
ウィキペディアに書いてました。

実際はどうなのでしょうか。

神社巡りは過酷です

29社の式内社巡り。
ここだと確定できる神社は少数。

式内社と比定される神社が複数有り。

グーグルマップで式内社検索。
地図上に記された場所。
全部回ると100は超えるかな。

全てではありませんが、
出来る限り、丁寧に回ってみました。

中には、民家の敷地の裏山であったり、
細い道の集落に入り込み、
住民の方に聞いてようやく発見。
したと思ったら廃社となった神社もあり。

鳥居の先に道がないと思って進むと
階段は崩れ果て 廃社でした 式内社比定地なのですが・・悲しい日本の現実

趣味だから楽しめましたが、
とても
家内を連れて行けるルートではありません。

朝8時に宿を出発。
夕方6時に宿へ帰宅。
その間、食事休憩も取らず。

神社に興味がある友人など。
たまに連れて行ってほしい。
一緒に行きたいです。

言われることもありますが、
この過酷スケジュール。
耐えられるのか?

なんてこと思うと、
神社巡りは一人が気楽です。(笑)

対馬 めしやさん 一日の疲れを癒す夕食 だいたい私が入る店は美味しいです

なんか、
とりとめのない話となってしまいました。
対馬の地味な神社の写真多めに載せておきました。

ご興味ある方はじっくりご覧ください。
あまり人気ないでしょうね。(笑)

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本日も最後までお読みいただきありがとうございます。



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