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『DA・DI・DA』 松任谷由実

 『DA・DI・DA』は1985年発表の松任谷由実17枚目のオリジナルアルバムである。
このDA・DI・DAは「ダ・ディ・ダ」でなければならなかった。ダ・ディ・ダに意味は無いが、ラ・ラ・ラでもル・ル・ルでもない。ダ・ディ・ダという濁音の強いイメージだ。
何かつらいことがあっても「ダ・ディ・ダ、ダ・ディ・ダ」と鼻歌交じりに前を向いて進んでいく自らの応援歌のような歌。その背景にはこの作品の発表年がある。
 1985年は男女雇用機会均等法が制定された年。その時代性を読み取り、女性ファンが多いユーミンが「新しい女性像」を提示したと思料する。
1980年代半ばから日本はバブル期に向けてまやかしの経済成長を遂げ、同時に女性の発言権も強くなってきていた。1979年に国連で採択された「女子差別撤廃条約」に端を発し、日本でも女性の社会進出も当り前となっていく。それまでの「男は仕事、女は家庭」という考えも薄らいでいく。
 女性の社会進出により男尊女卑という考え方も見直され、恋愛の在り方やその歌の表現も変わっていった。時代に敏感なユーミンがこの事象を見逃すわけがない。
 それまでのユーミンの作品に登場する女性は、「強がりの女」「男にふられても未練を残さない女」「昔の彼を思い出す女」「別れるはらいせにピアスを彼のベッドに捨てる女」と様々な描写で登場しているが、このアルバムからのユーミンが描く女性像は時代を味方にした芯から自立した女を描いていくことになる。
これは、ユーミンと同世代の中島みゆきや尾崎亜美の描く女性像とも違うし、一つ下のドリカムや竹内まりやが描く女性像とも異なる。
 「時や時空」「死生観」などをテーマにした作品が多かったユーミンがこの時期のアルバムから「強い女性像」も加わり、1990年代のメガヒットアルバム制作を牽引した要因となる。
 私はこの『DA・DI・DA』を「時代を読み切った作品」として述べたが、その理由としてアルバム全体に感じることが出来る強さとハードな楽曲による表現力をあげたい。
歌の内容も「女性の自立」や「男がいなくなっても涼しい顔で都会を闊歩するシングルガール」といった強い女性像が多く現れる。コンセプトアルバムと言っても良い内容だ。

 先ず収録曲数。
ユーミンのアルバムは10曲収録という不文律がある。それぞれのアルバムにテーマはあるにせよ、10曲でまとめられている。しかし、1980年発表の『時のないホテル』は9曲、そしてこの『DA・DI・DA』も9曲収録である。
そしてこの2枚に共通する点はコンセプトがはっきりとしている点ということ。五目飯のような様々な種類の曲を持ってくるアルバムではなく、『時のないホテル』は死生観と時のうつろいを『DA・DI・DA』は女性の自立を謳う。
こういったコンセプトが決まった内容になると強いメッセージを放つ楽曲が占めるので、1曲1曲の濃度が濃くなり、余計な歌の入る余地が無くなる。
 そして、ユーミンのアルバムの特徴として、アルバムのラストに収録されている作品に着目すると、その殆どはバラード、もしくはスローな8ビートである。
女性の社会的な転機として先ほど捉えた1980年からのアルバムを振り返ると、『時の無いホテル』(1980)の「水の影」、『SURF & SNOW』(1980)の「雪だより」、『昨晩お会いしましょう』(1981)の「A HAPPY NEWYEAR」、『PEARL PIERCE』(1982)の「忘れないでね」、『REINCARNATION』(1983)の「経る時」、『VOYAGER』(1983)の「時をかける少女」、『NO SIDE』(1984)の「~ノーサイド・夏~空耳のホイッスル」がアルバムの最後の曲となる。
しかし『DA・DI・DA』はハードな8ビート「たとえあなたが去って行っても」で締めくくられている。
これを初めて聞いた時、いつもはアルバムのラストは落ち着いた気持ちになり、46分のユーミンワールドに余韻を感じながらレコードから針を上げていたが、このアルバムだけは高揚し再びA面に戻し、スピーカーから大音量でドラムのビートとDJスクラッチに包まれながら「もう愛ははじまらない」を再度流して締めたことを思い出す。
ラストソングがラストにならない不思議さ。それは収録順を間違えているのではなく、その絶妙なストーリー性とテーマである女性の自立を高らかに宣言しているエポックメイキングな作品であることを証明しているのだ。
 荒井由実時代からアルバムのラストは落ち着いて終わっていた演出を変更したことは、並々ならぬ覚悟と思いがあるのだと納得した。
今は男女差別を通り越してジェンダーフリーの世の中になりつつある。
時代を経て、このアルバムを聴くと強い女性像が生まれた瞬間なのだ。

 最後に---。
このアルバム辺りからサウンド面でもユーミンの音楽が成熟期に入り、特にライブでの表現力や説得力が増したことを上げたい。
その理由としては、ちょうどこの頃にユーミンは『YUMING VISUALIVE DA・DI・DA』(1986)を発表している。この作品は松任谷由実初のライブアルバムで当時出始めたCDと従来のミュージックテープのみの計15万枚限定販売であった(収録時間の関係で2枚組になってしまうのでレコードでは発表されなかった)。

 それまでも「YUMING VISUAL」と銘打ったライブビデオやビデオクリップを発表したことはあったが、ステージ演出などと合わせた形での打ち出し方で、音楽以外の演出も楽しめたが、この『YUMING VISUALIVE DA・DI・DA』は音楽一本で勝負している。
本人も言っている事だが「私に無いのは歌唱力と生活感」という言葉のなかで音楽一本で発表したところにおいてもこの頃のユーミンの歌に対する覚悟が伺える。
声を枯らして叫ぶヴォーカルは、レコードで聞くノンビブラートの中性的なそれとは比較できない程である。そんなところにもこの『DA・DI・DA』はユーミンを後押しした功績があるのではないだろうか。
 力強いユーミンワールドの狼煙をあげたアルバムである。

2024年5月9日
花形

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