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地方銀行指導部〜田舎エリートたちの選民意識〜第二話

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ー 受け継がれた文化

ここでは、原則、毎週月曜日と木曜日に会議が開かれる。それぞれ月曜会と木曜会と呼ばれていた。
その会議の場で、自身が担当する研修の内容を諮り、全員の同意を得なければならない。

研修の目的に照らして、どの年次からどのような行員を選ぶのか。メンターが必要か否か。
講師はどうするか、内容・ボリュームを鑑みて半日研修なのか終日なのか、食事の有無や内容はどうか、予算は適当なのか。
そして"指導部"の面々になにをやらせるのか。

ようやく、企画が通れば、研修で使用するレジュメ作成など、具体的な準備に入る。
作成した資料はもちろん、当日の進行表やトークスクリプト、参加者名簿、予算案や名札に至るまで、すべて、決裁者であるグループ長の承認が必要となるのだ。

研修当日を迎えるまでに、膨大な作業が必要になることにようやく気付いた私は戦慄した。
あと一週間しかないのだ。あまりにも楽観していたが、全く時間がない。

しかも今日は月曜日だ。月曜会には間に合わない。
不幸中の幸いだが、すでに研修の目的と参加メンバーは決まっている。
具体的な内容とそれに伴うスケジュールと各人の役割分担、予算配分を大至急まとめて、会議資料を作らねばならない。
今週の木曜日が山場だ。

あらためて年間スケジュールを見る。
今週土曜日からさっそく全員が運営に参加する研修が入っている。前日金曜日の夜に会場の設営、動線の確認とリハーサルを行うことになっている。

毎週必ず何かしらの研修や夜の勉強会が計画されており、自分の仕事に手を付ける時間は限られている。"指導部"が不夜城と化している意味が理解できた。
とにかく、会議資料だ。
この研修は毎年行われているものだ。過去の資料が参考になるはず。

私は意を決して、例の彼に声をかけた。
「すいません。来週の若手研修の件ですが・・」
間髪入れず、
「ちょっと、待って。PCのフォルダは見た?書庫のファイルも。まずは自分で調べないと。知らないかもしれないけど、さっさと一人前になってもらわないといけないからさ。自分でやってみて、どうしてもわからない時に質問してくれる?」

意味がよくわからなかった。
「はやく戦力にならなければいけないことは理解できます。しかし、何がどこにあるかなんて一から探すのは非効率じゃないですか。ご存じの通り、時間もないことですし、以前ご自身も担当された研修でしょう。お力添えをお願いできませんか?」

ため息とともに、ついてきて、と促され、立ち上がる。
執務室フロアを出て、書庫へ。

扉を開くと、天井の蛍光灯に触れる高さのスチールラックが並び、その中にはズラリとハードファイルが詰め込まれている。どれも分厚い。

そして、通路にはおびただしい数の段ボールが無造作に積み上げられており、ひとつひとつに備品名が書きつけてある。先に進むにも一苦労する有様だった。

段ボールをかき分けて進む彼のあとについていく。
書庫の一番奥で彼が立ち止まり、ここにあるよ、とだけ言い残し来た道を引き返していった。

脚立がいるな
と呟いた。スチールラックの一番上から二段目にかけて“三年目研修 平成〇年度”と背表紙にテプラが貼られたファイルが五冊並んでいた。

脚立を探しに、執務室に戻る。
しかし、会議が始まる時間が迫っていた。
着任してから簡単に挨拶を済ませ、すぐに常務との面談。
その後、グループ長から訓示があり、前任者からの適当な引継ぎを経て、すでに時計は一五時を指していた。

ふいに彼が私に話しかけてきた。
「さっきも言ったけど、早く戦力になるためには、どんどん自分で調べて手を動かせよ。最初から人に質問するんじゃない。ここは昔からそういう文化なんだよ。大丈夫。支店でかなり優秀だったんだろう。がんばれよ。」

大変なところに来てしまった。
銀行員に転勤についての拒否権はないし、役員昇進や外部出向でもない限り、内示などない。
我々は職場を選べない。
ここで死に物狂いで働くしかないのだ。

第三話に続く

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