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【散文詩小説】時代遅れの寵児⑤親父

昭和11年11月15日、
俺の親父は、
この世に生まれた。

幼い頃に両親をなくし、
兄弟丸ごと、
親戚に引き取られた。

中学卒業後に上京。
丁稚奉公から始まり、
自分で靴屋を始めた。

…が、鳴かず飛ばず。

母との結婚を機に、
店をたたみ、靴工場の
職人として会社勤めになる。

…が、給料は安い。

風呂なしアパート、
六畳ひと間で暮らす日々。

朝、一杯のインスタント
コーヒーで目を覚ます。

夜、帰りに立ち寄る酒屋で、
ワンカップを一気飲み。

1日おきで銭湯に行き、
巨人、映画、そして、眠る。

毎日、毎日、
その繰り返し。

ひたすら、ひたすら、
その繰り返し。

…が、三人の子宝にも
恵まれた。

正月に、家族で餅を食う。
クリスマスを、家族で祝う。
夏休みを、家族で過ごす。

はじめて手にした家族。 
はじめて味わう団欒。

孫に囲まれる喜びも、
味わった。 

親の勤めもほぼ終えた。

…が、身体はすでに
ぼろぼろだった。

平成9年8月21日、
俺が社会人三年目の夏。
親父は、この世を去った。

59年と10ヶ月。

俺の親父が全うした
人生の時間。

貧しくも、慎ましく…
短くも、逞しく…

親父は、人生を生き抜いた。

年金も貰わず、
余生も楽しまず、
財産も、借金も、
何も残さず、
この世を去った。

たったひとこと、
「頼む」
と言う言葉を残して…。

(続く)










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