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【マインド】アラフォーはあらゆる「しがらみ」から逃げましょう

年を重ねて、さまざまなことを考えるようになった。
常に頭にあると、それに時間も労力も取られる。
度が超えると、自分が蝕まれていく感覚さえ覚える。
それが、しがらみ。
私には、しがらみが2つある。
きっと同世代の方が同じように抱えていることなのだと思う。



土曜出勤をした。
この業界ではそんなに珍しくないことだ。
週6勤務。
ただし、ほとんどボランティアになる。
給料出ないのになぜ出勤するのかと思われるだろうけど、そういうものなのだ。
働き方改革という目線でみると、こういう状況がブラック云々とメディアで取り上げられて、志願者が減っていく。
表に出てくることは、そういう負の面のみ。
もっと働きがいについてアピールして欲しい。
内輪だけで盛り上がってもしょうがないけど、昨今は内輪ですら負の話ばかり。
なんとかならんのか。

ちなみに事情により、来週も再来週もその翌週も土曜出勤の予定になっているが、そんなに苦ではない。
産前や独身の頃は、週7勤務はザラだった。
これ以上言うと、またブラックどころか漆黒、カラスの黒さに濃度が上がるので、この話はこの辺で。

この土曜出勤のとき、ある先輩に言われた。
「土曜日、ママが学校にいていいの?」と。

家庭不和への探りなのか?
と最初は思ったけれどそうではなく、単純に、幼児を子に持つ母親が土曜日に仕事へ来ていることへの心配のようだった。
フィルターをかけたら申し訳ないのだけど、育ち盛りのお子さんを持つ男性職員からそういう言葉が出てくるとは、世の中もだいぶ変わったものだとその時は思って感心しまった。

いや、感心?
違うな。それは違った。
土曜出勤する子持ちの女性職員に対し、家にいてあげた方がいいよ、って既存の考え方じゃないか。ちょっと気遣いのある言葉を投げかけられたから、咄嗟の判断を間違えた。
その言葉が持つ内容は、我が家が抱えているジレンマそのものじゃないか、とだいぶ時間が経ってから気づいた。

要するに、私のようなスペックの立場の者は、土日は家庭にいて子どものお世話や家事を担うべきという考えがまだまだスタンダードであるということ。
それの枠から外れた人に対して、心配の言葉をかけるという姿勢は、優しさや気遣いの表れだと思い込んでいること。

こういうとき、もう1人の親の存在を軽視してないかと思う。家事育児の実働バランスは別にしても、パートナーがいるのであれば、2人で子育てにあたるという考えは普通なのに。

私が休日出勤をするときの家庭の状況は、
夫が在宅のとき:夫が子育てを担う
夫が不在のとき:土曜保育に預ける

そして土曜保育のときは、私の実母が途中で息子を迎えに行くというスタイル。
まぁこれについて家長制のマインドが刷り込まれている夫はいろいろと思うところがあるみたいで、都度こちらにあれこれ言ってくる。
とは言え、夫に愚痴を言われながらも、とりあえずこの形態で回っているということは事実。
息子も、父や祖父母や保育園の先生たち、といった、「母以外の大人」と一緒にいたり関わることを楽しんでいるように思える。

だから、固定観念を取っ払って、我が家は我が家のスタイルを確立することに決めた。

もうひとつ抱えているしがらみから逃げたい。
それは、キャリア。

世間では女性の社会進出や積極的管理職登用など、「公正に」のスローガンのもと、ジェンダーギャップを埋めようと躍起になっている感がある。

それは悪くないことだとは思うけど。
能力や意欲のある方がその実力や経験を認められ、キャリアを築いて出世、管理職に就くなど活躍することは素敵なことだ。
そこに性差がない社会に時流が向かっていることは間違っていない。

だが、「それは当事者が望んでいれば」の条件があってこその話。

実は、年度末にキャリアアップの話が内々で飛び込んできた。
教育界でいうキャリアアップは、詰まるところ、将来の管理職。最終的なポジションは校長である。

さまざまな記事を読んでいると、
一昔前なら「女性でも管理職」とか、最近なら「ワーママでマネジャーをこなすには」など、女性であることを条件にした内容のものが目につく。
わざわざ記事にするわけだから、ニーズもあるのだろうし、本質的なジェンダーギャップを埋めるまでの道のりへ一歩踏み出したくらいの状況かなぁとも感じる。

思い返すとキャリアアップの話が来る数ヶ月前に、各都道府県からの推薦によって集まった教員に向けた、大規模な宿泊研修に参加した。
北から南まで大集結の大きな研修だ。

そこに至るまでも家庭内でいろいろあったけど。

その研修のための事前資料の一部に、思わず考えさせられる一文があった。
(表現の細かいニュアンスは覚えていない)

「女性受講者数の割合の目標は、全体の10%以上としている。各自治体は、女性の積極的な推薦に努めて欲しい。」

私の所属している県からは、男女1名ずつが参加した(内、私が女性)。その文面を見て、打診を受けた後だったけれど、もやもや発生。
下駄を履かされた感なのか、社会における女性の活躍の場がまだまだなのか。もやもやの正体は分からない。
本来は男女関係なく推薦するのが理想なのだろうけど、社会的にジェンダーギャップを埋める初動のためには、政治のクォーター制のように自動的に女性の割合を増やすことが求められるのだとは理解している。

話を戻す。
つまりその研修に参加したということは、キャリアアップの権利が得られるということらしい。
結論からいうと、この話は即決でお断りした。

今みている生徒を卒業させてから、という気持ちが先行した。さらには、将来管理職になる自分がイメージできないのだ。

自分が楽しいと思うのは、やはり授業をしているとき、生徒と関わっているとき。
管理側に回る気持ちには今はなれない。

これがまた別のタイミングで話が来たら、キャリアアップを望むのか自分でもわからないが。

世間的には管理職やマネジャーに昇任することの方が優位な考え方があるのだと思うが、そういうしがらみはとりあえず取り除いておきたい。

主体的に自分の生き方を選択するのには、
「何をしているときが楽しい?わくわくする?」
の問いを自分に投げたい。
周りからの見られ方ではない、自分への矢印を。

これがまた次、似た話が来たら?
そのときの自分の気持ちに耳を傾けようと思う。

キャリアに関する選択がいかに難しいか。
アラフォーという人生の折り返し地点特有の悩みを文字にしてみたら多少すっきりした。
お読みいただき、ありがとうございました。

では、また!

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