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鯉わずらい

「嬉しいけどさ、美化しすぎだよな」
夫が水面を見上げて言った。
「あなた勘違いしてるわよ。モデルは私たちじゃないの」
「え? は? えええ? ええええ?」
この驚きようだから、本当に自分たちがモデルだと思ってたのだろう。

「だって、私たちはあんな鮮やかな色をしてないでしょう」
「じゃあ誰を?」
「錦さんに決まってるじゃない。ほら、あそこ」
池の中には錦さんが十匹ほどいて、皆の憧れの的だ。
のこり二百匹は、私たちと同じく、黒い。

「でも、一番上のは、黒いぜ?」
夫は呼吸がてら水面から顔を出し、確認して戻ってきた。
「黒い錦さんもいるからねえ」
私も顔を出し、久しぶりに空鯉を、まじまじと見つめる。
「錦さんだって、私たちと同じじゃないか!」
水中から夫の声がぼんやり響く。
確かに錦さんも、私たちと同じものを食べ、同じように生活している。
違うのは赤に白だったり、金だったり、鱗の模様だけだ。
それなのになぜ、こんなに差を感じてしまうのだろう。

「ダンナ、早くしないと、なくなっちまうぜ」
ニゴイの声がした。
今日もニンゲンとやらが、パンを投げに来たのだ。
夫はよっぽどショックだったのか、呆然として動かない。

いつもパンは錦さんのまわりに投げ込まれる。
それを私たちは口を大きく開けて、食べに行く。
ニンゲンが指差すのも、決まって錦さんだ。
だから私たちを区別しているのは錦さんじゃなくて、ニンゲンだと思う。
錦さんはパンをくれたり、優しいときもあるし、違いなんて気にしてなさそうだもの。

「おい!子どもたちを呼べ!イトミミズの巣があるぞ!」
急に夫が叫んだ。
髭センサーが池底に反応したのだ。
子どもたちは私が呼ぶまでもなく、声に反応して集まってきた。
その笑顔を見て、夫が笑った。
これでいいんだ。
それぞれの幸せを追求することで。

今日を祝おう。
カラフルじゃなくても、私たちは素敵。
子どもの日は鯉にもやってくる。

 ◇

「先生〜、こいのぼりって、錦鯉の歌なの〜?」
「違うわよ。だって

 やねより たかい こいのぼり
 おおきい まごいは おとうさん
 ちいさい ひごいは こどもたち
 おもしろそうに およいでる

 ね?
 普通の鯉さんよ」

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