主婦稼業と母親

退職してから9日、完全ニート生活7日めだが、主婦の偉大さを痛感する毎日である。
何しろぼんやりしている暇がない。働いている時より体を動かしているし頭も回している。
朝起きてまず洗濯機を回す。ここ2,3日は寝坊をしてしまっているが(何しろ疲れて6時7時に目を覚ませない)、洗濯物を干し、午前中は毎日祖母の生前整理の手足となる。今日は三段重ねの衣装ケース一個と、ウールの着物や反物の入った箱を一つやっつけた。衣装ケースの裏に巨大な茶箱が鎮座しているのを目撃したが、今日は見なかったことにした。
いくら椅子に座って指示を出すだけとはいえ祖母にはまぁまぁ負担なので、整理はいつもお昼までで切り上げる。

今日は昨日のケンタッキーの残りでお昼にする予定だった(レッドホットチキンは、祖母には大した辛さではなかったようだ)が、祖父が見ていたNHKの番組でトマトクリームパスタが映っているのを見て「美味しそう・・・」と言い出したので、急遽パスタを作ることにした。
カルディでついつい買ってそのままにしていた生パスタと伯母が衝動買いしたトマトパスタクリームが奇跡的に発見されたのでそれで四玉分のパスタを作る。生麺のためか柔らかく食べやすかったようで、祖母はなんとおかわりをした(祖母のがんは消化器系の近辺にできているものなので、昨今食欲が激減していた)。

午後は仕分けされた洋服の海を片付け、四畳半の足場を作成し、そんなこんなで夕方になったので夕飯の準備。ちなみにここまでで二回シャワーを浴びた。汗で首回りが赤くただれかけていたからだ。

仔細に書くのはこの辺りにして、とにかく、主婦のこなしてる業務量の多さに驚くばかりだ。
やっていくうちに感じたのだが、およそ主婦業、家事に代表される仕事は『インフラ業』に近いなと思った。
仕事というものがざっくりと制作物・作品・営業成績などの『成果物提示型』と水道電気・それから運送業などの『インフラ型』に分類されるとしよう。(もっとうまい名付け方があるとは思うのだが)

家事というのは明らかに後者だ。

前者は、変な話、毎日コンスタントに稼働する必要はない。実際、営業職についた友人や先輩の話を聞いていると実にうまい具合に辻褄を合わせて時間を作り出す人もいる。
明快な例で大学生のレポートや期末論文はわかりやすいだろう。期日があり、その一月以上前からコツコツやったとしても、三日前から焦って仕上げたとしても、及第点をクリアしていれば評価者にとってはどちらも同じことだ。(まあ厳密に言えばそうは行かないだろうけれど)
小説家の仕事もわかりやすい。お尻に火がついてから焦って仕上げるタイプと、計画を立ててコツコツと余裕を持って仕上げるタイプ(私の好きな森博嗣はこちらに当たる)といるが、小説という『成果物』『商品』となってしまえば評価する側、すなわち読者にとってはそれは問題とすることではない。

一方で水道や電気、近年でいえばインターネット回線、運送などは「一日、一時間でも止まれば困ってしまう」ものだ。つまり、サボれない。自分の裁量で時間をコントロールできない。
お皿洗いを週一回まとめてしますだとか、食事は週末にまとめてとか、そういうわけには行かない。毎日、一定のリズムを保って遂行しなければならないのだ。
さらに三日目くらいから気づいたことなのだが、「一回完璧にやったからといって、しばらくやらなくていいものではない」ということだ。
これは掃除をしていて気づいたのだが、はじめはお風呂掃除でもサッシまできちんと磨こうと意気込んでやっていたし、シンクの排水溝のぬめりとりもつけおきして頑張っていた。
しかしやった次の日に気づく。「え、もうこんなに食べ物のカス溜まってる・・・」と。
そして、諦めた。「完璧とか、ムリ。完璧の八掛け、いや七掛けもできれば上等」と。
これが作品であるなら100%、120%、やれるだけのことをやるというのが目指すべきところだろうけれど、家事は及第点さえ取れてればいい。というか赤点じゃなければもう合格なんじゃないだろうか。

これに更に『子育て業』を兼業していた母が、急に偉大に思えてきたので、ラインをした。


「主婦は毎日そう。でも、子育てしてればそれが仕事と思える。 っていうか考える暇ない」
「母親強い」
「せやな〜」
「だってさ、子どもって塀から湧き出した雨水の流れを延々三十分眺めちゃったりするんでしょ」(※弟の実話)
「電車も相当見たぜ」
「え、それ弟?」
「いやあなたですよ、駅の橋のところで、延々と電車をみる。」
「あ・あーーーーー」
「まーちゃん、運転手さんに手振ってたじゃん」
「振った振った、めっちゃ振った」
「たまに振りかえしたりしてくれたよね」
「そうだねぇ・・・でもさ、早く帰って晩御飯の支度とかしたかったんじゃないの」
「いや、楽しそうだからいいかなと思って」
「母強い」
「だから家散らかってたんだよねー今もだけど。
でも、家の掃除より楽しいことが優先なの」

実際、幼稚園の頃の思い出は楽しいものばかりだ。
片道子供の足でも5分10分でいけるあの道も、母と歩けば毎日楽しかった。
雲の形が何に見えるか話しあったり、白線だけを踏んで歩いたり。
今はもうない貸し衣装のお店のショーウィンドウに飾られたウエディングドレスや立派な振袖を眺めてはしゃいだり。
家が多少散らかっていたことなんて気にしたことはなかった。

家事と子育てには鷹揚さが不可欠だったらしい。
母親、強いですね。まだまだ修行が足りないみたいだ。

ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます!