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星よ、きてください

あの青い星に、ひとりのかなしい子がいます。
その子は帰りたいのです。母なるひとの腕のなかに。
願いは宇宙の風となり、ぼくの心をゆらします。
けれどぼくに何ができるの? こんなちっぽけな星くずに。消えてしまいそうな光のぼくに。
ぼくほど暗い星はありません。
きらびやかに夜空をかざり、ひとの心をたのしませることもできないまま、長い時間がすぎました。星のなかまからも忘れられ、ひとりぽっちで、闇をさまようばかりです。
そのぼくを遠く見つめる、さやかな瞳。
つぼみのようにそっと結んだ小さな手。
青い星からぼくを呼ぶ命があったのです。
ほら、今また、呼び声が打ちよせて――
 
「小さなお星さま。
やぶれた窓から、お空のあなたを見あげています。
今夜も話を聞いてください。
またひとり、わたしより小さい子が、この島に連れてこられたの。
ここは、岩と、松の木と、にがよもぎのしげみと、くずれかけた灯台の島。
灯台といっても、光がともされることは、もうないの。
番人小屋にも、番人さんは、もういない。
波だけが打ちよせて、白い泡になって消える、世界の誰からも忘れられた島だから。
夕方わたしは、泉でくんだ水を、手がじんじんするまで、何回も何回も、番人小屋へ運んだわ。
水がめがいっぱいになったら、聞こえたの。その子のせつない泣き声が。
わたしがさらわれてきた日とおなじ。しめった地下室にとじこめられて、泣いてるの。
かわいそうになって、水がめの前にしゃがんで、わたしも泣いた。ママンのことを思い出して、いっそうかなしく、わたしは泣いた。
外へ出たら、海が夕やけ色に染まってた。
海つばめが キュルル キュルル って、さみしい声で飛んでるから、涙をふいて、なぐさめた。
海つばめさん、あなたはさみしがらないで。会いたいひとが遠くにいても、波をわたってゆけるのだから
ねえ、お星さま。わたしも翼がほしい。
この離れ小島を飛びたって、ママンのもとへ舞いおりたい。
どうしたらいいの?
どうしたら――
いけない。
ひとさらいの足音!
起きてるとぶたれるから、小さなお星さま、おやすみなさい」
 
あの子のために、ぼくは自分をささげたい。
あの命と照らしあいたい。
光をください。
光よ、きてください。
ぼくは光をさがしました。
光を手に入れようと、まぶしい星のなかまのところへ、おずおずとゆきました。
けれど、ぼくの光は、そこにはありません。
ぼくは、光が置き去りになっていまいかと、過ぎ去った夢のなかをさがしました。
けれど、ぼくの光は、そこにもありません。
ぼくの光はどこにあるの?
ぼくの光はどこへいったの?
光はどこ?
光は――
 
「わたしはいつもここにいます」
 
ふと、ぼくのなかに声がこぼれ、ひろがりました。
声は、どこからやってきたのでもありません。
心から出て、心にこだまし、沁みてゆきました。
ぼくは心に言いました。
 
心よ、いっておいで。
そして光と、もどっておいで。
 
ときはなたれた心は旅に出て、やがてもどってくれました。
心には光がともっていました。光は、ことばとともにありました。
 
「わたしは光。神の光のひとかけら。生きとし生けるものの魂に神が埋めた光のしずく。
わたしを忘れないでいてください。
あなたのいちばん近いところに、わたしがいつも待っていることを。
たとえ気づいていなくとも、あなたもだれかのたいせつな星。
闇をまばゆい光に変え、いま、輝く時はきた」
 
ぼくは光のことばを心にきざみながら、ぼくみずからが美しい物語になれるような気がしていました。
 
「小さなお星さま。
聞いてください。
あの子の泣き声はしなくなったの。
ひとさらいが入江から小舟に乗せ、どこかへ売りにいったから。
もどってきたひとさらいは、ぶどう酒をあおって、いま、テーブルでいびきをかいて眠ってる。
わたしはおなかがすいて、かたくなったパンの切れはしをかじってた。
パンを焼くのがうまいというので、わたしはこれまで売られずにすんでたの。
パンの作りかたを教えてくれたのは、もちろんママン。
なつかしい台所。金物かなもののふれあう音。ふわっと舞いあがるまっ白な打ち粉。かまどから出る、熱くて甘い風。ママンのにおい……。
ひとさらいから、つぎはお前の番だと言われたわ。
わたし、売られたくないよ。ママンのところへ帰りたいよ。
お星さま、お願いです。
どうかわたしを導いてください。
わたしは、あなたの光といつもいっしょにいますから」
 
ぼくの光と青い星の子の光がひとつになりました。
光はぼくの中から出て、ぼくをつつみ、花びらのように静かにひらいて、ぼくを乗せました。
ぼくは光のてのひらにすべてをゆだね、青い星のほうへ運ばれます。
青い星が近づくと、光のてのひらは、金の砂が風にふかれるように消えました。
ぼくは、青い星のあなたまかせに引きよせられ、おのれを燃やしました。
燃えなければ輝かない。輝かなければ、美しい物語になれないから。
燃えおちてゆくぼくを、地上のあまたのひとが見あげ、いやしと、よろこびと、平和を願い、祈りました。
もちろん、あの子もぼくを見あげ――
 
「道を照らしてください」
 
ぼくはきらめく尾をひいて、青い星の子を島の入江にいざない、海の浅瀬に落ちました。
ぼくをふたたび光のてのひらが包みます。
海のなかで、ぼくはひとの姿になりました。
それは、光のもやをまとったような、ふしぎなひとの似姿です。
ぼくは入江の小舟に乗りました。
青い星の子が走ってこちらへやってきます。
そのあとから追いかける、ひとさらいの「待て」というおそろしい声。
ぼくは手まねきして、青い星の子を舟に乗せ、とも綱をときました。
波はかいにくだけ、岸辺はぐんぐん遠ざかります。
時を置かず、ひとつの奇蹟を青い星の子がさけびました。
 
「灯台が生き返った!」
 
島を闇に預けたまま、ほとばしった光の帯は、波の上にひとすじの輝く道をあらわし、はるか沖までのびました。
舟は光に導かれ、音もなく海をわたります。
青い星の子は疲れと安心がないまぜになって、すやすやと夢の国に遊んでいます。
舟が白い砂浜についたのは、しらじらあけのころでした。
ぼくは役目を果たし、星の姿にもどりました。
燃えて燃えて、小石ほどに小さくなった星の姿に。
目をさました青い星の子は、舟板 ふないたの上にころがるぼくを拾ってくれました。
母なるひとに再会したあとも、ずっとずっと、胸にかざってくれました。



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