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【読書感想文】フリッツ・ライバー「痛みどめの代価」

ファンタジーのなかでもファファード&グレイマウザーが好きです。

シリーズもの?

と、いう質問がでたとしたら、

いいえ。一話完結の短・中編を集めて時系列順に並び替えたものです。初出のときは、一話一話で独立していた作品を、単行本化にあたって連作短編のようにしました、と答えます。

上のほうにも書きました「痛みどめの代価」は、1970年の発表(原著)の短編です。フリッツ・ライバー(1910-1992)の手になるファファード&グレイマウザーもの(1930年代後半に発表)のなかでは後期の作品と、いうお話はここですることではないでしょう。

日本語で読むとしたら『死神と二剣士』という文庫本で読むことになります。翻訳は浅倉久志先生で、とっても読みやすくて味わいたっぷりです。

フリッツ・ライバー著 浅倉久志訳『死神と二剣士』2004、東京創元社

『〜二剣士』という邦題が、探す目印になってます。2022年現在、絶版ですがamazonでは中古書を手に入れやすいです。『幻想文学』や『日本版オムニ』に比べれば、飲み食いをケチればなんとかなるだけ幸運だとおもいます。

いったん私のなかで咀嚼、反芻するような意味合いで、ファファード&グレイマウザーものとは、どんなものなのか、語らせてください。

雪国育ちの大男ファファードと都会者の小男グレイマウザーが、怪しげなヤマに積極的に、ときにはしぶしぶ、首を突っ込んでは、剣術と悪運で、時として電子レンジを叩いて直すように原理を知らないまま魔法をいじくりまわすことでもって何とか切り抜ける。

どちらかといえば男性向きの作品なのかもしれませんが、性描写も表紙もひかえめです。電車の中でも安心して読めます。このあたりは、時代、出版事情、そういったものが関係してそうですが、不勉強なのでわかりません。

コホン。

【ここから本題】ここが好きです【ネタバレ】

テーマが好き、どこそこが好きと、いう言い方もなんだなあというか、全体的に好きだからこうして語ってるわけで。とはいえ、テーマとかメッセージと呼ばれるもののの重さが、目立つ作品だなあとおもいます。

「痛みどめの対価」はSword-and-Sorceryやヒロイックファンタジーと呼ばれるジャンルが、重いテーマに堪えられることを証明しています。そこが好きです。

きっと、死に別れた恋人の記憶に、どのように整理をつけるかと、いうのがテーマでしょう。別の言い方をすれば、喪失からしばらくたって、面影に思い悩むという話かもしれません。

最愛の女のいない家ほどひえびえとした場所はない。

フリッツ・ライバー著 浅倉久志訳『死神と二剣士』2004、東京創元社 pp339-40

さらりと書いてあるこの一文がテーマを表していると、受け止めました。正直にうちあけると「女」と、いう書きぶりに荒っぽさを感じるのですが、テーマそのものは、性別に関係なく、誰にでも通じるものでしょう。

「最愛の男のいない家ほどひえびえとした場所はない」

と、ためしに書いてみましたが…、どうなんでしょう。

もう一つ好きなところがあります。

このように重いテーマを抱えているのに、第一部が夕方に再放送していたルパン三世(part2)みたいな、手のこんだ盗みの話になってるところです。もちろん、第二部で大化けすることは承知です。

なぜ、視点人物がグレイマウザーであって、ファファードではないのか?と、いう疑問が浮かびましたが、今後の課題ということで。

四部構成です

第一部

話が前後してすいません。グレイマウザーに注目して読むと、四部構成になっているようですから、第一部、第二部というように、順を追ってお話させてください。

第一部は、魅力たっぷりの語りから始まって、グレイマウザーがダニウス公爵の家を盗むために、ファファードを巻きこみ、計画を成就させて大満足の日々を送るところで終わります。

急にあらすじ紹介みたいなことを言い出して戸惑わせたかもしれません。なぜこんな話をしたのかといえば、ファファード&グレイマウザーシリーズのかっこよさの一つは地の文にあるのかも、となんとなく思っているからです。

透明な語りというよりはむしろ、語り手という人物がいるような感じで、読んでいるだけで楽しいのです。

(前略)だが、家というやつはすこぶる盗みにくい。

前掲書p340

ちょっと意地悪な抜き出しかたですが、少し前にある「二人は持ち物のすべてを、そのつど盗みで間に合わせていた。(前掲書p340)」と、合わせてよむと、アハっと笑えました。

第二部

第二部では、家のなかに死に別れた恋人たちの亡霊があらわれます。登場人物たちには悪いですけれど、亡霊が独特なかたちで登場するのが気に入ってます。

(前略)二人の娘はつねに見えず、聞こえず、触れることもできないが、それにもかかわらず、そこにいた。

前掲書p344

亡霊だからといって、いきなり宙に浮いて現れたりもせず、恋人の面影を見たなんて説明的な言いかたもせず、ほんとに惚れ惚れしちゃいます。

Aさんが、普段どおり家のなかにいた。そうしたら、このあいだまでいた人がいないことに気づいた。そのときのAさんの気持を文字に表した。と、いうように私はこの場面を受けとめました。

§

やや話が変わりますが、ファファード&グレイマウザーシリーズは、Sword-and-Sorceryというジャンルでありながら、意外と唯物論の世界(CGやキグルミ無しでも映像にできる部分が多い、くらいの意味)だなと思ってます。

見えない亡霊、ポルターガイストというわけでもない亡霊というのは、まさにCGやキグルミ無しでも映像にできる存在でしょう。

§

亡霊だけじゃなくて、主人公のことも好きです。たとえば、見えなかった亡霊がいよいよ姿を見せたあと、グレイマウザーがとったアクションです。

 大きな汗の粒が、彼の顔面と首すじにどっと噴きだした。喉がからからになり、猛烈な吐き気に襲われた。マウザーは右手のひと掃きで掛け布団をはねのけ、裸で寝室から飛びだすと、居間を横切り、ファファードの部屋に駆けつけた。
 北国人の姿はそこになかった。

前掲書p345

行動の描写も好きですが、改行からの短文、という流れも好きです。

頁の上から下まで、びっしり文字で埋め尽くすような形になっているからこそ、改行が目に焼き付きます。もしもオーディオブックになるとしたら、ナレーターさんはどのように語るのでしょう。

もう一回、改行芸がくるのも好きです。くどいとか、茶化そうとか、そういうつもりじゃないですよ。

 一日中、居間を歩きまわるか、大きな椅子に坐るかして、強いワインと熱いガーヴェーを交互にのみながら、ファファードの帰りを待った。まだ時折身震いが遅い、そのたびに温かいローブをしっかり体に巻きつけた。
 だが、北国人は帰ってこない。

前掲書p346

ガーヴェーは、コーヒーCoffeeみたいなものだと思ってます。コーフ(f)ィー、カーフェー、ガーヴェー、みたいな。

ワインのアルコールも、ガーヴェーのカフェインも、グレイマウザーを落ち着かせるには力不足だったことでしょう。

あれこれ試してとうとう耐えられなくなって、マウザーはシールバに会いにいくわけですよね。私は、なんどか読み返してようやく、マウザーがシールバに頼んだ「痛み止めの代価」のお話なんだなと気づきました。

第三部

第三部でも、グレイマウザーの行動から、懸命ぶりをみてとれました。

 マウザーが彼女に向かって駆けより、小さな黒いテーブルを横に押し倒すあいだにも、はや彼女の姿は薄らぎ、そしてみるみる地中へと沈んでいった。―まるで、それが柔らかく、少しも恐くない流砂ででもあるかのように。だが、マウザーが爪を立ててみると、それはまぎれもなく堅い芝生だった。

前掲書p353(強調は引用者による)

心情を表す名詞や形容詞なしでも、マウザーの気持ちがつたわってきます。地面に爪を立てるなんて、普段の生活じゃまずやりません。だからこそ、グッときます。

「恐くない流砂」という表現もいいです。流砂は底なし沼みたいなものだと、なにかのテレビでやっていたきがします。それなので、恐くないという否定がくると、おおっとなります。

§

ほかにも、良いなと思ったところがあります。鋼青色という、いまいちピンとこないけど割と見かける色名の使い方です。

ファファードとマウザーは(中略)すばらしく長くよく光る短剣のように、鋼青色の炎が立ちのぼるのを認めた。これまで二人が<影の国>で見たどの炎よりもはるかに高い、頭上の黒雲を深く刺し貫く鋭利な青い炎だった。

前掲書p354(強調は引用者による)

河童に水練は承知のうえでお話します。

まず「鋼青色の炎」だけだと、何となく分かるような普通よりの語句です。

ところが、「短剣のよう」という比喩を「鋼青色の炎」に足して、「雲を深く刺し貫く」へつなぐと、稀有な表現になります。

終幕と開幕

最後に、始まりと終わりの対照が気に入ってます。「四」で始まって、「四」で終わることの話です。

はじめに語り手は、主人公グレイマウザーとファファードが「一つの家を分かちあったことはなかった(前掲書p339)」ことの理由を四つあげます。

クライマックスで、主人公たちは「自己弁護のため、四つの論点を強調(前掲書p357)」します。

まさか「four」を、日本語の「シ」にかけたとは思いません。とはいえ、いい意味で作為的にしたことなのだろうと想像してます。「ランクマー最高の二人の盗賊」でも、数字を扱ってますね(下記でちょこっと触れました)。

もしも魔法使いがいなかったら

もしも、シールバたちに頼ることなく事態を解決しようとしたら、グレイマウザーたちはどうすればよかったのでしょうか?

恋人たちの亡霊も、住心地のよい家も捨てて出ていけばよかったのかもしれません。でも、なんのきっかけもなしに、全てを捨てて旅立つなんてことはできる人間は、そんなに居ない気がします。

こう言えるかも知れません。グレイマウザーもファファードも、超人的精神力を持った英雄ではなく、読者に近い普通の人なのです、と。

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