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【読書感想文】フリッツ・ライバー「ランクマー最高の二人の盗賊」は敵役にこそ注目の逸品かも

「ランクマー最高の二人の盗賊」はシリーズの中で最強の女性たちが現れる作品といってもよさそう。

未読の方へ

ネタバレ隠しを兼ねて、未読の方向けに文脈を整理すると。

「ランクマー最高の二人の盗賊」(以下、本作)というのは、短編小説でかつ「ファファード&グレイマウザー」というシリーズものの一編であり、1968年の発表(原著)。本作の邦訳は2005年で『妖魔と二剣士』という文庫本に所収。著者の名はフリッツ・ライバー。

ランクマーというのは作中に出てくる都市と、おそらくは同名の国家の名前である。

浅倉久志先生の翻訳でとても読みやすい(この感想文は硬いけど)。

『〜二剣士』というタイトルの書籍こそ、ファファード&グレイマウザーシリーズを収める書籍である。邦訳5冊のうち5巻目を除いて、どれも短編〜中編である。一話一話ほぼ独立してるので読みやすい。長編である5巻目も読みやすい。

2021年現在、版元在庫なしだけど、amazonでの入手は容易い(サンリオSF文庫とか『幻想文学』とか『日本版オムニ』とかと違い、飲み食いをケチればなんとかなる)。

では、ファファード&グレイマウザー(以下F&GM)とはなんぞやと、いう説明をすると、雪国育ちの大男ファファードと都会者の小男グレイマウザーが、怪しげなヤマに首を突っ込んでは、主として剣術と悪運で、時として(電子レンジを叩いて直すように)原理を知らないまま魔法をいじくりまわすことでもって何とか切り抜けると、いう軽妙洒脱なファンタジーである。

本記事の筆者が書くまでもないことだろうけれど、本作は、独立した短編として読めると同時に、先行する2作品をつなぐ作品でもある。

本作に関連する作品を、作中の時系列順にそって並べる(邦訳は全て『妖魔と二剣士』所収)

星々の船, 怪文書に釣られた主人公たちが雪山で宝石を探す話
ランクマー最高の二人の盗賊, 取ってきた宝石を故買屋に売りさばこうとする話
クォーモールの王族, ひょんなことから地下王国で用心棒稼業に勤しむ話

一方で発表順に並べると、

1964, クォーモールの王族
1965, 星々の船
1968, ランクマー最高の二人の盗賊

1968年は、偶然か、ライバーや出版社の意図なのか、エピソード間のつなぎや前置きになる作品が集中(と、いうほどの量でもなかった)。

2021年11月訂正:偶然ではなく必然。底本であるAce Books版は1970年と1968年に出版されていること、下記三作品は全てAce Books版のための書き下ろしであること、この二点から考えると偶然はありえない。

と、文体が固くなってしまうのだけれど、要するに下記三作品の出版年に、そこまで力を入れて語ることはなかったと、いうこと。
1968, 海こそ恋人, 『霧の中の二剣士』所収
1968, 間違った枝道, 同上
1970, 魔女の天幕, 『妖魔と二剣士』所収

深読み(ネタバレ)

以下には、以下3点作品についてのネタバレがあります。未読の方は一読したあとでお読みになることをおすすめします。

フリッツ・ライバー「ランクマー最高の二人の盗賊」(結末を含む
コナン・ドイル「ボヘミアの醜聞」(結末を含む
R・A・サルバトーレ <ダークエルフ物語シリーズ>

また、ジェンダーと肌の色についての言及がいくらかあります。こうした点(およびここに書ききれない様々な点)は、人々が21世紀でもヒロイック・ファンタジーを楽しむために避けて通れない話題だと、本記事の筆者は考えております。当事者、作品、作者、出版に関わる人々を攻撃する意図はありませんが、気配りの足りない点があればご指摘下さい。

さてネタバレに踏み込んでいくと、本作はランクマーを舞台にした「ボヘミアの醜聞」かなと筆者は思い、そういったセンで読んでみた。敵役の女性が、男性主人公をギャフンといわせると、いう点が共通と思ったのだ。

以下、両作品の違う点と似ている点を並べる。

「ボヘミアの醜聞」と違って「ランクマー最高の二人の盗賊」は…
・女性が二人出てくる(黄昏のネミアとオーゴの瞳)
・主人公たるF&GMは、一匹狼をきどr、もといソロで活動する
・F&GMはホームズのようにタネを仕込んだり、相棒の協力を仰いだりしない(自信というか自惚れというか)。
・本作のほうが(ほぼ名前だけの役を含めると)名前つきの人物が多い。
・本作は先行する二つの作品を繋ぐブリッジである。

一方「ボヘミアの醜聞」と「ランクマー最高の二人の盗賊」の共通点は…
・読者に「そいつの正体は?」という謎を抱かせる人物が現れる。(ゴドフリィ・ノートンとオーゴ)
・女性が男性主人公に勝つ。

フリッツ・ライバーが、探偵小説の古典を50年以上の時を経てアップデートさせたと、いう読み方は流石に強引かもしれない。

ただ、類似する作品と並べることで、要点が見えてくるかもしれない。「ランクマー最高の二人の盗賊」を「ボヘミアの醜聞」の複製ではなく、独創的なものに変えているものが。

F&GMが別々に行動するところだろうか、いや、黄昏のネミアとオーゴの瞳が「冒険」について語るところかも知れない。登場人物たちが波乱万丈な冒険をする物語は60年代までには多々あった。

しかし、作中の登場人物が「冒険」について一歩引いた立場から語る場面のあるヒロイックファンタジーは珍しいような気もする(今後の課題として要検討)。

余談(ネタバレあり)

ここからは、筆者のまったくの空想だが、もしもファファードとグレイマウザーが二人そろって、オーゴの元を訪れていたらばどうなったか。

オーゴは手先の早業を繰り出すスキを見いだせず、結果としてF&GMは大金をせしめて、次なる冒険の地クォーモールへと赴かなかったかもしれない。

さらに空想を重ねて「ボヘミアの醜聞」で、ホームズがワトスンの協力を一切仰がずに捜査をしていたら…(と、ここまで書いたところで、ホームズ一人でうまくやってしまうのではという気がした)。

そのほか、フリッツ・ライバーなら当然なのだろうけど、本作は細部の描写も素晴らしい。

その一:
道端でグレイマウザーが宝箱を開けるとき、左右ばかりでなく「頭上をすばやく」(p144『妖魔と二剣士』)確認するところは、先行する作品「夜の鉤爪」(『死神と二剣士』所収)を思い出させてニヤリとする。

その二:
10、7、5、3.5といった数についての描写(p143, 146, 164『妖魔と二剣士』)からも、先行する「七人の黒い僧侶」(『死神と二剣士』所収*)での数についての描写を連想できる。

*)黒い僧侶と、いうのが21世紀からすると素直に楽しめないポイントとおいうこともできる。無人のはずの寒冷地に、熱帯に住んでいるはずの黒人がいるという謎は、読者を引きつける「つかみ」として、必要かもしれない。しかし、七人の黒い僧侶は大ボス前の前座扱いだったり、名前も出てこないかったりと、扱いが軽いことは否定できない。

その三:
なによりも「黒い宝石は黄と青の炎を上げはじめた」(p161前掲書)と、いう描写に、皮肉がたっぷりこもっていてたまらない。

最後に、“ヒロイックファンタジー” AND ”著者が男性” AND ”主人公が男性” と、いう条件で絞り込んだ場合、最強の女性が出てくる作品は本作になるかもしれない。

次点はダークエルフ物語のキャッティ・ブリーか?

(筆者の未読のなかに、別の答えが埋もれているかもしれないので、おすすめ作品があればコメントください)

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