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朽ちぬ花嫁 【短編】

あらすじ

【儚いから美しいのか、“美しい”から、儚いのか】
遠い昔。とある地方で、毎年、桜が散る頃になると発生する、謎の病が蔓延していた。悪くすると死に至る災厄で、村人が大勢亡くなった。
村外れの桜の大木に宿るという、万能の守り神。彼に厄を祓ってもらう引き換えに、心身共に清き若い娘を花嫁に差し出すという儀式の大役を、生まれながらに背負った巫女の家柄の少女。
十五の春。いよいよ迎えた“その”日に、幼い頃から慕い、信じてきた桜の守神への想いを語る。

※史実(人身御供)資料を元にしたフィクションです。
※PG12残酷表現あり。一人称。

序幕 ~ 夢幻泡影


 ――“咲き誇った後に散るからこそ、花は、儚くも美しい”

 誰からともなく、古来から語られ継いだ常套句。だが、時に畏怖いふを為され、忌まわしき対象と化した時代があった。
 次に崇めたてまつられ、また無情に散るのも、力弱くも懸命に生きる、咲いて間もない、美しい生命いのちだったのである………

サクラ


 ……あれは、とおになる年の春だったでしょうか。幼い頃の朧気な記憶の中で、一番鮮明に残っている像。
 優しかった五つ上の姉様が、美しくお化粧をされ、煌びやかな花嫁衣装を纏い、まるで天女のようなお姿で、家を出てゆかれた日のことです。その後、姉様とは、二度とお会いしておりません。
 『守神もりがみ様に嫁がれたから、俗世の人ではなくなったのだ』と両親に言われ、寂しいけれど自慢の姉だと、無邪気に思っておりました。

 ですが、いつ頃からだったでしょうか。それまで「綺麗……!!  綺麗……!!」と、降り注ぐ薄紅の花吹雪を浴び、人知れずはしゃぎ回る位に大好きだった、村外れの桜の木。それが、妙に哀しく思うようになったのは……

 私が暮らす村の森の奥深くには、人目を避けるようにひっそりと立っている、立派なサクラの大木がございました。
 村の守り神をまつる、貴き御神木とされていましたが、わらべが参る事は、何故か、固く禁じられておりました。特に、神職に携わる一族だった私の家は厳しく、例え両親と同伴でも、決して許されなかったのです。
 村の大人達は、しきりに出掛けては御神木に手を合わせ、泣きながら必死に祈ったり、普段の食事を倹約してまで豪華な供え物をしているのにどうしてだろう……と不思議に思っておりました。
 しかし、両親の目を盗んでこっそりと赴き、降りしきる美しい花吹雪を浴びながら、祖母に教わった舞を踊り、詩吟しぎんうたい、桜と語る事が、特殊な家柄もあり、友が少なかった私の、唯一の安息で、心の拠り所だったのでございます。

 物心ついた頃、我が村では、毎年、桜が終わる頃になると、原因不明の病が流行り、村の方が大勢苦しみながら亡くなるのだ、という事を知りました。
 その頃になると何時にも増して、私の家の神社には、多くの人が熱心に御詣おまいりに来られます。隣近所に住まれている婆様も、よく参拝されていた親子の坊やも亡くなったのだと聞き、我が家にも、いつかその番がくるのだろう……と幼いながらに怯えていました。

 そして、姉様が嫁いでゆかれた後日。由緒あるという我が一族に他家から嫁いできた母に呼ばれ、神妙な面持ちで真実を言われました。
 私の家系の女は皆、十五になる年、その春の桜が満開の頃に、我が村の守神もりがみ様の元へ嫁ぐのだと……

何時いつも村を見守り、万能のお力で助けて下さる、至極ご立派な方。そんな方の元に嫁にゆけるのは、大変名誉あることなのですよ』

 普段あまり笑わない母が、珍しく嬉しそうに、誇らしげに語っていたのをよく覚えております。

『我が一族の者が嫁いでゆく事で、守神もりがみ様は、この恐ろしいやくを鎮めて下さるの。次は、貴女が尽くしなさい』

 更に言われた事で、さぞかし徳を重ねた高貴な方なのだろう……と、少女なりに未来の夫になる方への憧れを募らせていたものでした。

 ただ、その日から母は勿論、父、祖父母、兄妹とさえ触れ合う事を禁じられました。食事も別室で一人で摂る。会話も必要最低限しか許されない毎日。
 里心がついて、嫁ぐ事に躊躇ためらいが出たら困るからだと諭されましたが、寂しくて寂しくて堪らなかった。外出もままならず、友も少ない私は、益々、まだ見ぬ桜の神様に想いを馳せ、幾度も一人泣いたものでした。
 しかし、数年後、大好きだった父様が、例の病で苦しみながら亡くなってしまい、益々、を待ち侘びるようになっていました。
 姉様が嫁がれても、疫は収まる気配が無いならば…… 私も守神もりがみ様に嫁いでお願いしたら、皆助かるかもしれない。そうしたら悲しむ人も減るのだと、そう信じる事で、心細さに耐えておりました。

 そんな年月を経て迎えた、十五の春。その頃には、その桜の守神もりがみ様は、実体化したお人ではない、という事実を知らぬ程、私は、もう幼くはありませんでした。
 嫁ぐというのも、神様と床を共にして一体になる…… つまり、桜の木の下で、共に眠るということなのです。

 ……本日、私もその守神様の元へ、輿こし入れ致します。

輿入れ

「巫女様。今宵は、誠にめでたき事でございます」

 神社に仕える下女と髪結いの方に、濡羽色ぬればいろの黒髪を襟足から結い上げ、憧れだった白粉と紅を施され、姉様と同じように純白の花嫁衣装をまといました。
 そして、母から渡された、絹地に包まれた小さな瓶を懐に忍ばせます。床に入る直前に口にするという、祝い酒の代わりなのだそうです。
 三日三晩、神社の地下の神水で身を清め、口にしたのは、その水だけ。断食という禁欲を行い、なるべく心身共に、俗世から離れた清いまま嫁ぐ事が重要だからです。
 虚ろな頭で重い身体を懸命に動かし、棺に横たわると、しばらく外を目にしなかった眼にみる位に、澄んだ青空が映ります。白黄金はくこがね色にまばゆく輝く太陽の、やけに哀しいこと……
 サクラの守神もりがみ様、貴方は今、どのような面持ちで、私を待って下さっているのですか?

 顔見知りの村の方から、私の胸元や腹に、次々と純白の折り鶴や、色とりどりの美しい春の花が投げ入れられます。ふわり……ふわり……と舞い落ちる、花嫁の幸を願う贈り物。私が大好きな花ばかり……
 皆様、泣いておられます。「巫女様、有難うございます」と手を合わせながら繰り返し呟かれている方、必死に祈りを捧げておられる方、そして、人目を憚るように、口元を手拭いで押さえていらっしゃる方が、数人……
 毎年、神社に祈りに来られる方々と、同じ風合いの瞳が、幾つも見えます。

 家族と離され、とおを過ぎた頃から、何時も思っておりました。万能のお力を持つ守神もりがみ様は、何故、この方々を、今すぐ助けて差し上げないのでしょうか? 先に嫁いでゆかれた姉様のお力だけでは、何故足りないのですか?
 今、この方達は、あなたの救いが必要なのでしょう? 何故、あなたは何も手を差し延べないのでしょうか?
 目に見えぬ恐怖に晒され、どんなに泣き叫んでも、どんなに苦しめられても、す術を持たない。そんな弱き無力な方々を、あなたはお救いになるのだと、幾度も、幾度も、幼い頃から聞きました…………

 村の男衆に棺ごと担がれ、守神様のおられる桜の木へ向かいます。ガタ、ガタン……と時折、揺れる棺。道行く途中、数少ない友だった幼なじみの子が、唇を噛みしめながら彼女の家の扉から、こちらを見ているのが分かりました。
 村を抜け山道に入り、段々と奥深く進む頃には、視界の青空が黄昏たそがれに変わり、御神木に着く頃には、いつの間にか宵に落ちておりました。
 ちらほらと視界に入る、幼い頃と変わらず、美しい薄紅の花吹雪。星が瞬く宵闇に映え、尚、幻想的に衣替えた夜桜の光景……
 ぼんやりと魅了され見入っているうちに、あらかじめ、木の周りに掘られた寝所に、ぴたりとめ込むように、棺が置かれていたようです。

 すっかり夜のとばりが落ちた、視界一面に映る星空に少しずつ封がされ、闇に染まっていくのが判った時。渡された布包みを開き、小瓶の中の水を一気に飲み干します。心地好さが強まり、意識が遠退く頃、初めて守神もりがみ様と御対面できるそうです。
 続いて、微かに漂う土の匂い。神様はどちらから現れるのでしょう…… 薄らいでゆく意識に比例して、息苦しい感じも増します。守神様、早くいらして下さい…… 目の前は真っ暗で、何も見えません。
 花に囲まれ、棺に横たわる白装束の女……花嫁衣装ではございますが…… これでは父様が着ていらした、死装束のようです……

 心許なくなり、ふと手元の花を手に取ると、独特の小さな丸い形の、花弁はなびらが開かれていない花が……
 千日紅センニチコウ……好きな花でした。暗がりでも濃い紅色なのが分かります。摘まれてもあまり枯れないことから、確か花言葉は……色褪せぬ愛、そして、不死、不朽……

「……ふ、ふ……あは、は……」

 気づいたら零れていた、力無く掠れた笑い。幾日ぶりに聞いた、自分の声……

終幕 ~ 最期の願


 ――……サクラの守神もりがみ様。幼き頃から、ずっと、ずっと、どんな時もお慕いしておりました。ですが、このまま共に眠っても、何のお力にもなれないのでしょう?
 本当は、わかっておりました。だけど、信じたかった。最後の最期まで、信じていたかったのです。

 いつか耳にした『輪廻転生』というものが存在するのなら、来世は――桜の木に生まれたいです。
 毎年、サクラの花が終わる頃に、厄が訪れるというのなら、未来永劫、二度と散りくことの無い、この村で一番大きなサクラに、私が成れば良いのです……

 そうすれば、誰も病で死なない。苦しめられない。大切な人を失うことも無い。私のように、顔も姿も見えぬ者に嫁ぐ、という娘も必要なくなる…… そうでしょう? そうなのでしょう?

 嗚呼ああ、嗚呼……それすら叶わぬのなら、どうか、今すぐ私の身体をにして、サクラを生やして下さいな。生まれたからには、きたいのです。
 こんな闇の中ではなく、明るい陽の下で咲いて、精一杯、舞いたいのです。朽ちることなく、永久に。
 でなければ、私は何の為に、あなたに嫁いでくのですか……?


 ――やくに憑かれ、厄をもちいて、厄を制す


【完】

 #オールジャンル部門  #創作大賞2023 


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