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読書log-1兆ドルコーチ

今回は「読まないけど内容を知りたい」という、食べたらめっちゃ美味しいのに匂いだけ嗅いで満足したいみたいな超もったいない要望のための記事です。本読んだほうがいいと思う。

溶けるような読後感

ビジネス書は飽きるので、本の厚み的に「読み終わるまで一週間以上はかかるな」と思っていたが僅か3日で読み終わった。読んでるうちは続きが気になってしょうがなく、ビジネス書というよりルポルタージュやドキュメンタリーのようだった。私の認識が悪かったのかな、本の中では否定しているが、この本はビルの伝記だと思う。

違和感のない読みやすい文章(人名だけ誰が誰か分からなく躓いた)、スッと入ってくる背景情報や情景、言葉の臨場感と謎の疾走感が読んでいてとても不思議だったが、最後の「謝辞」を読んで納得。ストーリーテリングと文体の監修がめちゃくちゃ入っているのね。その日本語訳もめちゃくちゃ読みやすくてすごい!人にお勧めしたくなる本である。てか「謝辞」が一番笑ったw
ビル・キャンベルはキリストやソクラテス、孔子のような人物で、この本はまるで「シリコンバレー版の論語」のようだ、というのが本を読んだ第一印象だ。おそらく世の中には常に「徳を積んだギバー的な人間」が存在していると思うが、そういう人を書物に残すとこうなるのだと思う。つまり、よくある話なのだが、それをシリコンバレーのトップでやってのけたのがすごいのだ。

イマジナリー・ビル

「ビルならどうするだろう?」
何かを決定するときに心の中に出てくる人。私にも覚えがある。とても厳しく、時には優しく指導してくれた"コーチ"はいつまでも心の中の師として、私の一部となっている。怠けたい気持ちも、心の中の「イマジナリー○○」が嫌な顔をしたり、檄を飛ばしたりしてくれるから踏ん張れる。そういう師匠を持てること自体が恵まれた幸運だ。ビル・キャンベルを師とできた人々がなんと羨ましいことか。
ビル・キャンベルは表裏がなく、店員からシリコンバレーのCEOまで同じように接し、「肝っ玉がすわっている(=ボールジー)」というあだ名をつけられた。「やっちまえ!」の精神で物事にあたり、誠意と勇気を周りに示した。そして空気を読むこともできる。チーム全体を俯瞰し、どこに問題があるかをリアルタイムに観測し、修復していく。主語が「私」ではなく「私たち」であることを重視した。

コーチャブルなこと

本を読んでいてスッとしたことがある。「コーチングを受ける側を選ぶ権利」がコーチにはある、ということだ。

教えられる側がコーチングを受け入れる姿勢でなくてはならない。
 (中略)
ビルが求めたコーチャブルな資質とは、「正直さ」と「謙虚さ」、「あきらめず努力を厭わない姿勢」、「つねに学ぼうとする意欲」である。

Chapter 3 「信頼」の非凡な影響力 P.137

自分の弱さをさらけ出して初めてコーチを受け入れることができ、嘘つきにはコーチはできない。嘘つきで学ぶ気のないクズにどれだけ頑張って教えようとしても無駄だ。相手からも誠意を向けられ、お互いが信頼できなければコーチはできない。コーチングをもっとも脅威に思うのは「自信のないマネージャー」だという。逆にコーチを受けられるのは「自信の表れ」であると言える。

1on1では、議論すべきこと「トップ5」を挙げるのが良いそうだ。部下の特性によってトップ5の提示の仕方を考える。ベーシックな方法は、上司と部下が同時にホワイトボードに書き出し、お互い何が重要だと考えているのかの「考え方の違い」を確認しながら進める方法だ。部下がどういうことに関心があり、優先度が高いと思っているかを知ることができる。他の方法としては相手から先に出させたり、自分から先に出したりと、相手の性質によって変えることで1on1を有意義なものにする。1on1は部下への貴重なコーチングの機会と捉え、上司は全力で準備を行う。「ビジネスの話よりプライベートの話の方が本題だったのでは」と思わせるほど、相手のことを知ろうとし、親身になるのだ。
また、仕事上の関係性を尋ねるときは「上司との関係」より「同僚との関係」を重視する。仕事をするときに一番関わるのは同僚だ。同僚からの評価はどうか?同僚からの評価を上げるためにどうすればいいのかで指導する。

信頼とは何か。「約束を守ること」「誠意」「思慮深いこと」の三つである。これができる関係で初めて信頼関係が生まれる。何かがあった時のフィードバックはすぐ行うのがよいが、ネガティブなフィードバックは人前で行わないようにする。相手の話はノートパソコンやスマホを見ながらではなく全身で聞き、敬意のこもった問いかけを行う。すべきことは指図するのではなく、相手に気づかせるために「物語」を話す。
人は「ありのままの自分」でいられる時に最高の仕事をすることができる。部下がありのままの自分でいるのかどうか、ありのままの自分でいられない障壁がないかどうかを知るために、相手の深いところまで知る必要がある。そこで知った相手のことは口外せず、約束を守ることでさらに信頼関係が築ける。

良いチームとは

ダーウィンの著書『人間の由来』からの引用で下記が書かれている。

「成員の多くが高い愛着心忠誠心服従心勇気思いやりを持ち、つねに助け合い、全員のために自分を犠牲にする覚悟がある部族は、ほかの多くの部族に対して勝利を収める。これは自然淘汰である」

Chapter 4 チーム・ファースト P.169

良いチームには心理的安全性(マネージャーやリーダーがいるからメンバーが安心してリスクをとれる)があり、明確な目標と仕事に対する意義を持ち、お互いを信頼し、チームの目標が会社や社会に良い影響を及ぼすと信じているメンバーたちが必要で、そのためには「チームがコミュニティであること」が重要だ。
人は「コミュニティに属している実感」があると生産性や仕事に対する意欲が上がるらしい。「職場で悪態をつくと士気が高まる」という研究結果があるらしく、確かにそういう場面があるなと納得できる。ビル・キャンベルは口が悪かったそうだが、その悪口をみんなが半ば楽しみにしていた。そして飲み会の席では「ビルのいるテーブルは子供のテーブルだった」…分け隔てなく楽しませることでコミュニティを作り、ストレスを発散させる。私も好きだった上司にそういう人がいた。やるせないことが多い仕事の場ではそういうガス抜きをする人が必要だ。

チームをコミュニティにする第一歩として「チームミーティング」の運営方法を変えてみるのはどうだろう。メンバー全員の旅の報告から始めてみたり、先週あったことに対してチームの誰かに感謝する(同じ人を選んではいけない)など、メンバーはみんな大切な家族がいて、血の通った人間であるという実感を与える。そうすれば何か議論するときもお互いに歩み寄った姿勢で進めることができる。ミーティングをすることが「楽しみに思えること」がコミュニティとして成功している状態の指標となる。
ミーティングの中で「部屋の中のゾウ」がいないか?「部屋の中のゾウ」とはみんなが見て見ぬふりをする不穏分子や問題の原因のこと。メンバーの中にある緊張や問題が明るみに出ていない状態のことだ。部屋の中のゾウを表舞台に引きずり出すのがマネージャーの仕事だ。
スムーズに議論するためには資料は絶対に先に共有し、メンバーは必ず目を通して自分なりの問題点をもってミーティングに挑む。実際のミーティングの時には「ハイライト(うまくいっていること)」と「ローライト(うまくいっていないこと)」の提示をするのがよいが、事前に共有する資料には載せないようにして、ミーティングまで「ローライト」が気になって悶々とする状態にさせないようにする。

なぜマネージャーが必要なのか。グーグルで「マネージャーはいなくていいんじゃないか?」と実際にマネージャーを置かずに、エンジニアから直接部門責任者へ報告を上げるようにしたところ、現場のエンジニアからは「学ばせてくれる人や、決着をつけてくれる人が必要だからマネージャーがほしい」という意見が多かったという。
良いマネージャーになるには独裁者にならず、部下に指図しないようにし(必要な決定は下す)、部下から敬意を強制せず(信頼してくれたメンバーからは自然と敬意される)、自分が会社や部下を思っていることを理解させるようにして「自分は大切にされている」と部下に実感させる。リーダーは先陣に立って「勇気の伝道者」としてふるまい、部下の話に耳を傾け、部下の様子に注意する。
良いチームには「決定が下されたら全員がそれを受け入れること」も必要だ。決定を下すときは「第一原理(人として大切にしなければいけない倫理、正しく勝つこと)」を一番に考える。第一原理に基いた決定であれば、たとえ自分的には良くないと思う決定であってもまったく受け入れられないものではない。そしてチームメンバーには「知識の共有」を行い、なぜそういう決定になったのか全員がきちんと理解できるようにする。そして不本意な決定であっても、リーダーが決定したことはチームメンバーで全力で応援しなければならない。リーダーは問題に決定を下すために存在しているが、メンバーには意を決してその決定を下してくれたリーダーを支える責務がある。

力が一つになったチームのIQは個人のIQを超える。チームのためなら、時にはプライド(エゴや野心)を捨てる必要があり、様々なエゴを持ったメンバーがどうすれば「全員の力を合わせられるか」を考え、実践することがチームビルディングである。そして誰かの成功はスタンディングオベーションで派手にほめる!
大きな成功のために何かを犠牲にしないといけない時がある。大義のために何かを犠牲にでき、他人の成功を喜べる人材は得難い人材だが、チームメンバーすべてがそういう人材でない場合が多いだろう。チームにとっての「最適解」を頭と心のどちらにも理解させ、エゴに潰されずに正しい行動に導くのがコーチの役目だ。
「規格外の天才」がいるためにチームの士気がさがってはいけない。いくら仕事を支える天才であっても、悪い面があれば悪いこととして指摘しないといけない。それでその天才がいなくなってしまっても、いなくなったほうがチームのためになることもある。

マーケティングとは「プロダクトマーケティング」だ。つまり、何事においても「プロダクト(を作るエンジニア)を優先させる」ことを筆頭に考えなければならない。作ってほしい機能があっても、プロダクトを作るエンジニアに指図してはいけない。エンジニアには背景情報さえ与えれば「最適なもの」を作ってくれるのだ。マネージャーのやることは「プロダクトの障害が何か」を見極め、それを解決させることだ。プロダクトの問題を解決させるのはチームメンバーに任せ、問題が起こったらそれを解決する「チーム」に目を向け、そのチームがうまく機能するか、チームの問題を解決するために奔走する。
イノベーションと業務とのバランスはどうか。どちらかに寄らないようにバランスをとるのが大事だ。物事の決定は「コンセンサス(根回しや社内政治)」でなく「アンサンブル(即興性)」で行われるようにし、そのメンバーが集まったからこそ生まれる有意義な討論が大事だ。たとえリーダーが「答え」や「何が正しいか」を知っていても、チーム全員に考えさせ、発言させてから言うことで、チームを育てることができる。

愛です

ゴールデンカムイにも出てくる「愛です」、人間の行動原理だ。

ベトナム帰還兵の証言によれば 
互いの背中を預けた戦友との絆は「強い恋愛関係」と表現され
夫婦以上といわれた

第二次世界大戦を含め
膨大な兵士からの聞き取りの結果
「敬愛する上官…愛する同志の期待を裏切る不安」
殺人への壁を乗り越えさせるのだという

ゴールデンカムイ 23巻 227話 P.113

多くの兵士は訓練を受けていても、実際に戦場に出て自分が殺されそうな状況であっても人を殺すことに抵抗がある。それを乗り越えさせる動機が「愛」である。

ビルはフットボールでのコーチとしては厳しさが足りず、思いやりを持ちすぎて良い結果を残せなかった。しかし、その思いやりはビジネスの世界には必要な能力だった。
「夜眠れなくなるほど気にかけていることは何か?」とはマネージャーへの定番の質問らしいが、ビルの答えはいつも部下のことだった。毎晩寝る前に部下のことを考えろ、彼らが最高の自分になるために手助けするにはどうすればいいかを考えろ、というのが彼の教えだ。

ギバーとテイカーについて、いつか記事にしたいと思っている。書店に「自分を助ける本」のコーナーはあるのになぜ「人助けの本」のコーナーがないのか。コーチはメンターでなければならない。クラリスの「さよなら、コーチ」の新聞広告はコーチへの愛がないと掲載しようと思わないだろう。それだけビルがメンバーへ向けた愛もあったのだ。良いチームには「愛」が必要だ。
その一歩はマネージャーが踏み出すしかない。「親身になる許可」を自分に与え、5分間の親切を行う(自分にとっては忙しい合間の短い5分であっても、親切を受けた側には大きなメリットと感謝が生まれる)。エレベータートークを恐れず、優しい組織になるためにはプライベートまで踏み込むことが必要なのだ。「誰もが仕事以外のことを君と話したがっている。」



感想

湯水のように金があってそれを自分以外に使うことが自分の至上の喜びである、そんな徳の高い人物が存在したら聖人扱いを受けるだろう。「恵まれていたなら、恵みになれ」ビル自身がそうであったし、ビルからコーチを受けることができた人物もそれを他者へ与える。

グーグルで行っているという定期的な同僚に対するアンケートはいい制度だと思った。全社員に対しての評価だと時間がかかりすぎるが、思っていてもなかなか面と向かって言えないことは多い。同僚からどう思われているかを知れるのは働く意欲につながると思う。

会社のギスギスした関係をどうにかしたい。そのためには「心理的安全性」があること、こじれる前に修復すること、コミュニケーションを増やすこと。できないことを補い合い、「チームになること」でさらに仕事の効率が上がって売り上げに貢献できるはずだが、そのために乗り越えるべき障壁の高さに絶望し、私には良いチームになる道筋はまだ見えない。
マネージャーであるなら「勇気の伝道者」となって、勇気を振り絞って立ち向かっていかないといけないと、勇気を与えてくれる本だった。

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