台風の日、新たな推しを見つめる。
よく見えるところに置いているので、目にするたび見惚れてしまう。
なんのことかって、梅酒だ。
はじめてやってみたことなので、なにもかもが新鮮で面白い。
梅と交互に詰めておいた氷砂糖のほとんどが溶けてなくなっているのに、底に入れた分はまだ溶けずに残っている。
瓶をそっと動かすと、梅と梅の間に残っていた空気が小さな小さな粒になって、ふーっと浮かんでいく。
今、この透明な液体に満たされた容器の中で、この丸い果実の中にアルコールと糖分がじわじわ染み込んでいっているのだ。
液体は砂糖がたっぷり溶け込んで死海みたいな濃度になって、だから梅は沈まず浮かんでいる。
透明で肉厚のガラス越しに、透明の液体と白っぽいかけらと浮かぶ梅の実。
この中だけ違う世界だ。
なんて不思議で面白いんだろう。
なぜもっと早くやらなかったんだろう。
どうしてこんなものが部屋にあるんだろう。
なんだか、小動物でも飼い始めたような気分だ。
部屋にまったく馴染まない真っ赤で無骨なフタさえ、もはや特別に感じる。
今日はやることがあって、台風にも関わらず出かけたりしてバタついていたのだけど、暇さえあれば何度となく梅酒を見つめている。
このつるっとしたフォルム、
見るたび新鮮にぎょっとする迫力あるサイズ感、
宇宙空間に漂っているような梅達の哲学的なたたずまい、
どれをとっても、しみじみと目が離せない。
今、この瓶の中に対してわたしができることはなにもない。
フタを開けて触ったり混ぜたりしてはいけないのだ。
わたしはただ見つめ、応援するだけだ。
美味しく綺麗な梅酒に仕上がるよう、ガラスの外側から。
なんだろうこの切なさ。
このもどかしさと愛おしさ。
これはあれだ。
推しだ。
はからずも、わたしは自分で新たな推しを創造してしまった。
梅酒作りとは推し活だったのだ。
エウレーカ。
なんてことだ。
これはもう毎日全力で推すっきゃない。
ステージ上の推しに向かってメロイックサインを掲げデスボイスを張り上げるがごとく、全身全霊で梅酒になろうとしているこれを推すのだ。
思いがけず新しい推し活が始まってしまった。
ああ、腐らず傷まず健やかにあってくれ、推しよ。
では、また。
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