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短編小説|パイプカット・カウボーイズ

「パイプカットで」
「避妊具要らず」
「「どうも、パイプカット・カウボーイズです!」」


 日曜日。もう昼時ではあるが、目を覚ましたばかりの私はリビングでソファに腰掛けている。正面に置かれたテレビにはお笑い番組が映り、聞いたことのないコンビがネタを始めようとステージに立つ。2人とも白いスーツ姿にテンガロンハットを合わせている。

 お笑いに興味は無いが、寝起きで回らない頭にチャンネルを変える気も起きない。ぼんやりと眺めながら、ベタ付いた口の中へコクの弱いカフェオレを流し込んでいく。何度文句を言っても妻は無脂肪乳しか買っておいてくれない。


「先日ね、妻が2人目を妊娠したんですよ」
「おお、それはおめでとう」
「それで、もう子供は十分かなって、医者にパイプカットを頼んだんです。ほら、僕って避妊具が嫌いじゃないですか」
「あんなもの、邪魔なだけだからな」
「それで事前に色々と検査をしてもらったら、医者がそんなことをする必要は無いって言うんです」
「ええ、どうしてよ」
「もともと種無しだから、してもしなくても一緒だって」
「じゃあ奥さんが産むのは誰の子だよ」

 彼らのやり取りにスタジオは大きな笑い声で包まれるも、私には何が可笑しいのかさっぱりわからない。すると観覧席で1人の女性が失禁しながら床で笑い転げる姿が映し出される。


「すごい笑ってくれるお客さんがいますねえ、ありがたい」
「いくらなんでも笑い過ぎだよ、臭いし」
「身近な話でツボに入ったのかもしれません」


 よく見れば、笑い転げているのは私の妻。そういえば起きてから彼女の姿を見ていない。



「彼女の旦那さんは偉いですよ。自分を裏切った奥様と、血の繋がらない子供さんを真面目に養われているんですから」
「馬鹿だから気付いていないだけだろう」


 これは生放送なのだろうか。瞬きも忘れ、私は画面に見入ってしまう。



「まあ、種無しだからしょうがないですよね。子供が欲しければ、よそで種を貰ってくるしかないですし」
「お子さんが母親似なのもよかったよ。これまで幸せだったんだろうさ」


 再び画面に妻が映し出される。起き上がって席には戻ったものの、引き続き2人のやり取りに腹を抱えて笑っている。



「とはいえ、本当はうすうす察していたんでしょうね。色々と辻褄が合わないって」
「そうやって臭いものに蓋をできる。僕はね、あなたみたいな人を尊敬しますよ。僕にはできない」
「でも、もう十分じゃないでしょうか」
「そうそう、もう我慢しなくていいよ。何が楽しくて赤の他人と裏切り者を養う必要があるのさ。もう十分でしょう。殺しちゃえよ」
「そうです。2人とも殺っちゃいましょう」

「「殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ」」




「おはよう、お父さん」

 声がして振り向くと、ソファの後ろに娘が立っている。朝から出掛けたものだとばかり思っていたが、家にいたらしい。

「お母さん、昨日から帰ってこないけど大丈夫かな」

 きっと大丈夫だよ。それより一緒にテレビを見ないかい。ちょうど見ていた番組が途中なんだ。

 娘を隣に座らせて視線をテレビに戻すも、何も映っていない。あの番組は終わってしまったらしい。電源も点いていない真っ黒な画面は、私と娘の姿を映し出すばかりだ。



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