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新型コロナが国民国家と民主主義にトドメをさす

情報テクノロジーによって起こされた危機

新型コロナ感染症に起因する世界同時ロックダウンにより各国の経済が心停止しました。感染症の潜伏期間は2週間程とのことですが、経済停滞の潜伏期間は2カ月に及びます。つまり、本当の危機はこれからです。

現在でも、各国の失業率は世界大戦前にすら例をみないほど最悪を記録していますがロックダウン解除の動きは緩慢です。企業の体力は奪われ、立ち直ることができないレベルまで追いこまれました。さらには大衆の自助自立の精神も破壊されようとしています。我々は感染症よりも暴動や戦争レベルの生命の危機を心配するべきかもしれません。

そもそも、新型コロナ感染症のパンデミックはインフォデミック(情報の爆発的感染)要素が大きいことが指摘されています。インフォデミックは情報テクノロジーの進化がもたらしたものです。ほんの10年前まで、たとえ感染症が蔓延していてもこんなに感染状態や経路が可視化されることはなかった。

つまり、社会が情報テクノロジーにより複雑化・輻輳化し、人も情報も企業のサプライチェーンかつてないほど絡み合うようになりました。この10年で劇的に進んだテクノロジーこそがこのインフォデミックな状況をもたらした元凶なのであり、今後は10年毎に同じレベルの危機が訪れることになります。


進化に追い付けない社会システム

そして、テクノロジーの進化に国家や企業といった我々の組織体制が全く対応できていないことが謀らずも明らかになりました。結果として人の動きを抑制するロックダウンという超幼稚な手段に出るしか手がなくなっているのです。

つまり、我々が信じてきた、国民国家の形、民主主義の理想、平和と安全、それら全てが今、テクノロジーの進化に対応できていません。我々は、大きな転換「パラダイムシフト」を起こしている途上にあり、これは大きな痛みを伴う可能性が高い。早晩、社会不安による現体制の崩壊を目の当たりにするでしょう。

キーワードの一つはオンライン経済です。感染症に起因して、オンライン経済化が急速に進んでいます。リモートワークやオンライン飲み会は便利ですね。これらが「新しいライフスタイル」を創り出すといわれますが、一方で、満員電車での通勤といった既存のライフスタイルの破壊をもたらします。我々が体験する変化は思うほど生半可なものではないかもしれません。

また、ソーシャルディスタンスも重要でしょう。店舗設計も感染症を心配して店舗の設計は変わり始めています。人が集まることはリスクであり、現金授受よりもキャッシュレスが好まれます。対人商売がソーシャルディスタンスを意識するときに、学校は今のような詰込み教室型の教育システムで再開できるか疑問です。


新型コロナを契機に劇的な変化が訪れる

思えば、進化するテクノロジーは国家や組織の形といったものに大きな変革圧力を加え続けてきました。その力は地殻プレートに溜まる地殻変動圧力として溜まり続け、いつか大きな力を開放して歪みを正そうとします。この新型コロナ感染症はまさに国家体制への直下型大地震だったわけです。

新型コロナ感染症がもたらした様々な影響に対し、21世紀型テクノクラシー国家といえる中国が比較的早く対応を終えつつあるように見えるのに対して、20世紀型社会システムから抜け出せない(旧)先進国の方が苦しんでいるように見えるから不思議です。

新型コロナ感染症が、情報テクノロジーによって引き起こされたインフォデミックだとすると、それを解決する手段もやはり情報テクノロジーにあるのでしょう。従来型情報テクノロジーやメディアが機能しておらず、新しい社会システムへ急速に移行しているのを感じます。

リモートワークもオンライン飲み会も序の口です。今後は、我々の社会も、そして国家の形も、テクノロジーによる変革を否応なしに迫られるでしょう。だからこそ、当面の行きつく先を予測して、どうしたいかを真剣に考えるべきなのでしょう。

なぜなら、この情報テクノロジーが国家・組織のどこをデジタルの力でエンパワーさせるかによって国家・組織の形が変わってくると考えるからであり、それによって「何を得るか」と、「何を犠牲にするか」が大きく変わってくると考えるからです。


テクノロジー国家の3類型

例えば国家の場合、政府をデジタル・テクノロジーでエンパワーするのか、それとも、自由競争を進めデータメジャーといわれるような巨大なIT企業をエンパワーするのか、それとも、末端の住民によるデジタル民主主義を実現するのかによって以下のように形が変わってくると思われます。

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<全体最適型>
全体最適型では、政府・行政・独裁者がデジタル・テクノロジーによって最もエンパワーされます。結果として、テクノクラシー政府への集権化、情報統制・管理社会が訪れます。個人の自由は抑圧されるでしょうが、全体としてはものすごいスピードで進化します。お隣の中国などはまさにこの世界に向けて突き進んでいるように見えます。

<自由競争型>
自由競争型では、自由競争の結果巨大になったデータ企業がデジタル・テクノロジーによって最もエンパワーされます。一見適度に分権化しているように見えても、最終的には、強者と弱者に分かれる弱肉強食の世界に突入するでしょう。いわゆるGAFAによって支配される社会がこれに向かっているのかもしれません。

<完全分散型>
完全分散型では、末端市民が市民の力で世界を動かそうと決めて、自らをデジタル・テクノロジーでエンパワーする形です。個々人がデータのオーナーシップを持ち、様々な混乱をはらみながらも、デジタルの力で完全な民主主義を成し遂げる姿が目に浮かびます。ブロックチェーン技術やエストニアで行われているデジタル政府の実験はカギになるかもしれません。


情報弱者にやさしい社会は来ない

上記では3類型にまとめましたが、実際のところ、そんなに綺麗に分かれるものではないでしょう。今までもそうだったように、これからの世界もこの葛藤を繰り返し、進展や揺り戻しを経ながら進んでいくのでしょう。現在の中国と香港の関係にその縮図が見て取れるような気もします。

しかしながら、間違いないのは、テクノロジーの進化は今後さらに加速するという事実です。そして、世界がこのように変化の中に突っ込まれてしまった以上、我々も変わらないという選択肢はありません。今までと同じ世界に戻ることは二度とないのです。

ですから、情報テクノロジーに対する弱者の存在を認識した上で、その人たちに合わせた社会を作ろうという詭弁がいかに危険だかわかります。それは文明を進化させずに留めましょうというのに近い。時代に合わせて進化できない文明は滅ぶしかなくなります

情報テクノロジーの弱者に対して行えることは、文明進化のスピードを弱者に合わせるのではなく、はたまた弱者を情報テクノロジーから切り離すのでもなく、徹底的な再教育とインターフェース改善による使わせる努力だと思うのです。

例えば、現金しか使えない人用の窓口を用意するのは詭弁です。彼らにキャッシュレスが使えるように徹底的に再教育するのが本当のやさしさなのです。

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