レイシャルプロファイリングの悲しみ
数日前に南アで友人に会った。彼とはもう10年以上の付き合いだ。
彼は博士で大学教授で研究者でものすごく優秀で英語もフランス語もペラペラで、京都の有名な大学で客員もしていた、”典型的なアフリカの容姿”と認識されるだろう人だ。私が彼の研究分野でわからない事がある時は、最初にまず彼に連絡をとる。
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その彼と食事をしている時に、彼が『航空券にSSSという印字をされる事がよくあって、特にアメリカに入国の際には非常に屈辱的な扱いをうける』と言い出した。
「もうなれたけどね。」
と笑っていたけれど、彼ほどの人がそんな扱いを受けるなんて辛いだろうな、と思って聞いていた。彼でさえこうなんだから、アフリカ系やアラブ系の青年なんか、ものすごくひどい扱いをうけているんだろう。もちろん扱う側の人も与えられたプロトコルに従ってやってるだけだろうから、それも悲しいとは思うが。
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で、なぜそう言う話になったかというと、世界中で一番無害とおもわれてるのは私のプロファイル 日本人のおばさん(おばあさん)ではないかとおもうと私が切り出したからだ。だって、犯罪やテロからもっとも遠い場所に存在してると認識されている感をうけることがよくあるもの。
Are you Japanese? Konichiwa
(またかよ、と思いながら)にっこり微笑む みたいな。
でもね、小柄な日本人のおばさんの私は知っているが、これは得する時もあるけれど、そうでない時も実は多い。
なぜかというと、裏を返せば、無視してもいい存在って事だから。なので、目立たなければいけない時にでも無視される事はとっても多かった。それはそれで屈辱的なのです。
世の中なかなか上手くいかないな。
追記
南アの英語は母音の発音がはっきりしなくて、かなり聞きとりにくい事がわかりました。でも、なんだか嬉しかったのは、南アの英語よりもフランス語の方が理解できる!と思えたから。なんでもいい方に考える私です。