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【マネジメント連載企画vol.9】マネジメントできないマネージャーたち~介護経営の陥穽(おとしあな)~」

第2章 陥穽(おとしあな)に落ちないために⑤


多分業化~介護助手を活用する➁


危機感とメリットと熱意で壁を越える


 自分たちの慣れたやり方を変えられたくない。これが、新しい取り組みに対して拒否反応を示す現場の本音だ。まずこの壁を越えなければ、介護助手の導入はうまくいかない。慣れたやり方を変える面倒臭さや心理的負担を許容するだけの、何らかの具体的な理由がいる。たとえばそれは、危機感とメリットだ。
 危機感とは、このままでは先行きが危ういのではないかという認識である。介護現場の場合は、慢性的な人不足がこれにあたる。人不足に対してこれまでとは違う手を打たなければマズいという感覚は、誰もが持っていることだろう。まずはこの話をする。
 次に、メリットとは、介護助手の導入によって現場の状況にプラスの変化がもたらされるかもしれないという期待である。日常業務を「ケア業務」と「ケア周辺業務」に切り分け、後者を介護助手が担えば、介護職のケアに専念する時間が増えるという考え方を伝える。
 いずれも筋の通った話だろう。言われてみれば、多くの人がその通りだと思うはずだ。だが、理屈だけで現場は動かない。危機感とメリットを示すだけでなく、それについて根気強く現場に説いて回るプロジェクト・リーダーの熱意が必要になる。危機感とメリットは、それを信じて実現しようとする者から現場へ伝えられてこそ、壁を越える力になる。
 

自転車をこぐ人が現場を動かす

 危機感とメリットが両輪、リーダーはエンジン、いや自転車をこぐ人だ。介護現場の改善活動は、バイクに乗るというよりは、汗水たらして自転車をこぐと表現した方がしっくりくる。最終的には、このリーダーの懸命な姿が現場を動かすのだ。
 筆者がアドバイザーとして関わっている大阪市の介護助手導入プロジェクトを見ていても、業務改善の原動力はリーダーの熱意だと感じる。プロジェクトの伴走者としては、危機感とメリットの要点を整理し、効果的だと思われる現場への伝え方などはアドバイスするが、それはあくまでも基本線に過ぎない。彼ら彼女らは、そこにこれまで培った人間関係やコミュニケーション技術をうまく絡めて、保守的な現場に働きかけていく。マネジメント層の後ろ盾があるとはいえ、若手がリーダーに起用された施設では説得対象の大半がベテラン勢になるため、何かと気苦労も多いようだ。だが、真摯に現場に向き合うリーダーたちの汗が、導入成功の決め手になっているのは間違いない。
 業務改善は思い立ったが吉日だ。何らかの危機感があるのなら、すぐにでも着手した方がいい。危機に陥ってから改善はできない。有事の際には危機対応だけで手一杯になり、改善に取り組む余裕などなくなるからだ。では壊滅的打撃を受けた後なら改善できるのかといえば、それも違う。焼け野原でできることは立て直しだけだ。改善というものは、実は平時にしかできないのである。


業務改善は必須の時代に

 今回の介護保険改正で、在宅系を除くほとんどのサービスに、介護現場の生産性向上について検討する委員会の設置が義務付けられた。(※)業務改善はもはやモデル事業ではなく、介護事業マネジメントの必須事項になったのである。これから私たちは、改善活動を通じて日常的に課題解決に取り組んでいかなければならないのだ。介護助手は、生産性向上の最も現実的な施策のひとつである。導入する施設は今後ますます増えていくことになるだろう。
 介護助手導入実務の入口は、業務アセスメントだ。日常業務の中に、どのような仕事がどれだけあるか、すべて洗い出すことから始まる。いわゆる業務の棚卸しである。起床からはじまり、排泄、食事、リネン交換、入浴といった日々の介護業務をリストアップして「ケア業務」と「ケア周辺業務」に分類していくのだが、場合によってはここでもリーダーはひと汗かく必要が出てくる。「利用者の生活を支えるケアという仕事に周辺業務など存在しない」という声があがることがあるからだ。「生産性向上」という文脈で棚卸しを行うのであれば、なおのこと強い反発が予想される。
 「ケアという仕事は物のように切り分けられません」という職員に対して、あなたは危機感とメリットという理屈だけで太刀打ちできるだろうか。説得できる自信があるだろうか。やはりそこには、リーダーの熱意が不可欠だと思う。

※「利用者の安全並びに介護サービスの質の確保及び職員の負担軽減に資する方策を検討するための委員会の設置の義務付け」:経過措置期間は3年間。介護現場における生産性の向上に資する取組の促進を図る観点から、現場における課題を抽出及び分析した上で、事業所の状況に応じて、利用者の安全並びに介護サービスの質の確保及び職員の負担軽減に資する方策を検討するための委員会の設置が義務付けられた。対象サービスは、居住系、施設系、短期入所系、多機能系。


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