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『隷属なき道』読んだよ

わたしたちはかつてなく裕福になったというのに、なぜ、一九八〇年代以降、以前にもまして懸命に働いているのだろう。はびこる貧困を一気に解消するだけの富があるというのに、なぜ数百万の人が今も貧困の中に生きているのだろう。なぜ所得の六割以上が、どこの国に生まれたかによって決まるのだろう。

ルトガー・ブレグマン.隷属なき道AIとの競争に勝つベーシックインカムと一日三時間労働(文春e-book)(p.24).文藝春秋.Kindle版.

ルトガー・ブレグマン『隷属なき道』読みました。

先日noteで書いた通り『WORLD WITHOUT WORK』に感激したのもあり、積みっぱなしになっていたベーシック・インカム系の類書もちゃんと読んでおこうかなと思って手を出したのが本書『隷属なき道』です。(この邦訳タイトルはハイエク『隷属への道』へのオマージュとなってます)

著者はオランダの歴史家、ジャーナリストのルトガー・ブレグマン。最近出された『Humankind』という書籍も話題になり、最近勢いのある書き手のお一人です。
本書『隷属なき道』は『Humankind』の前著になるのですが、江草は新著の『Humankind』の方を先に読んでおり、その時感想文も書いてます。

この『Humankind』がとにかく性善説的、ポジティブ人類学的一冊であったので、予想通りといいますか、前著にあたる本書『隷属なき道』もとにかく熱いポジティブなベーシック・インカム啓発書でありました。

(なお『Humankind』のあとがきによると、ベーシック・インカムを支持する本書『隷属なき道』を記した著者が「ベーシック・インカムなんて配ったら人は怠けるに決まってる」という批判を受けたことがきっかけで『Humankind』は生まれたのだそうです)


本書『隷属なき道』の内容は、オーソドックスなベーシック・インカム推進論です。

  • 貧しい人たちに下手に物的支援をトップダウン的に実施するよりも、お金を渡してとにかく貧困を解消すれば本人たちがボトムアップ的に立ち上がり始める

  • ベーシック・インカムの方が下手に複雑な福祉制度をするよりもコストも低く効果も大きい

などなど、ベーシック・インカム推進派のメジャーどころの主張が並びます。

一方で、副題に「AIとの競争に勝つベーシックインカムと一日三時間労働」とあるように、いわゆる「AIに仕事奪われるよ」論とそれに対応する労働時間短縮化も訴えます。

ベーシックインカムと労働時間短縮という二本柱の主張は、ちょうど『WORLD WITHOUT WORK』と大筋が合致しています。

それだけ似ている類書ということでどうしても比較はしてしまうのですが、『WORLD WITHOUT WORK』と比べると、本書は少々勢い重視で、議論の精緻さ、丁寧さは『WORLD WITHOUT WORK』に軍配が上がる印象です。説得力の高さから個人的にはやっぱり『WORLD WITHOUT WORK』の方が好みです。(もっとも『WORLD WITHOUT WORK』に比べると、という意味であって、その辺の雑な本に比べると本書も十分丁寧に議論を進めてるとは思います)

逆に言えば、勢いやパッションの高さでは本書の方が上です。著者が若くして自費出版で公開したところから始めたものが、結果正式出版、邦訳に至るまでブレイクしたというドラマチックな経緯で世に出た本書だけに、熱さがすごいです。とにかくベーシックインカムの理想に燃える熱い本なので「ベーシックインカムなんてやっぱり無理なのかな」と弱気になった時にパッションを補給するにはとても良い本と言えそうです。
お値段的にも『WORLD WITHOUT WORK』より全然安いですし、とっつきやすいのは本書『隷属なき道』の方でしょう。


細かいところにもコメントしておくと、本書の議論の中でわざわざ一章を割いて「GDP信仰」の問題点の指摘をされてたのもよかったですね。
経済成長率がとにかく大事とされてる世の中で「では肝心のGDPとは何なのか、どうやって計算されてるのか」という「そもそも論」がけっこう危ういという。
江草も以前感想文を書いた『GDP』という書籍でより詳細に解説されてたところですが、実質スパゲティコードモンスター化してる「GDP」の功罪はもっと知られて欲しいですね。

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もうひとつ、本書で面白かったのは、全体的に新自由主義批判のテイストを帯びてる本書が、本来仮想論的ですらあるはずの新自由主義者のハイエクやフリードマンをむしろ称えていることです。もちろん、その主張や思想を称えているわけではなくて、それぞれの人物の「社会を変えよう」としていた熱意ある姿勢を称えているものになります。
ハイエクやフリードマンも福祉国家全盛の当時にあってあえて新自由主義を主張するのは相当に逆風があったはずなのに、それでも自分たちのアイディアの力で社会を良くしたいと熱意を持って諦めずに頑張った姿勢は尊敬すると言うのです。いわば「敵ながらあっぱれ」というやつですね。
だから、本書の著者は、彼らの姿勢を見習ってたとえ「そんなの無理だよ」と社会から言われようとも、ひたすら諦めずベーシック・インカムというアイディアの力で社会を良くしようと頑張り抜くのだと。
うん。少年ジャンプばりに熱いですね。


あと、ベーシック・インカムや労働時間短縮に付随してでてくる本書の主張のひとつ「国境の開放」は、なかなかに過激案でしびれますね。正直、現実に実践するのは難しいと思ってしまいますが、主張としては確かに興味深い案ではあると思います。
この辺の「境界問題」が、給付に条件をつけない「ユニバーサル・ベーシック・インカム」にはどうしても付きまとう課題で、どういうスタンスで解決するかは個性が出るところでしょう。
その中でももっとも極端に振った「国境の開放」案を出すところに、人類をとにかくポジティブに見る著者の価値観が表れているように感じます。


『Humankind』に比べると全体的に初々しい筆運びな感触もありますが、難解な箇所はほぼなく、各章ごとに驚くほど丁寧な要約もついていたり、基本的に読みやすい一冊ですので、ベーシック・インカムに関心がある方はとりあえず読んでおいてよいと思います。

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