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「裁判すると言明して実際にしないと脅迫にあたる」というデマについて

今回は当noteの主題である学歴に関係のない話題です。
SNSをはじめ個人が投稿する形式のウェブサイトではしばしばトラブルが起きます。芸能人のスキャンダル、浪人生の揉め事、大人同士の口論をはじめ、偶然にもこの1週間で5回ぐらい同じようなある文言を見かけました。
いさかいがヒートアップすると、場合によっては裁判を検討するフェーズに移行することがあり、その声明を出すと、SNS等でいつも見かけるセリフがあります。

「裁判すると言明して実際にしないと脅迫にあたる」

これについては少なくとも日本国憲法施行以来、判例もなく、有力な法的根拠もありません。当然のことです。
中学校の社会科や、高等学校の公共(現代社会、政治・経済)で記憶にあるかもしれませんが、「何人も、裁判所において裁判を受ける権利を奪はれない」と日本国憲法で保障されています。ゆえに、裁判の告知や検討が、刑法上の罪になることが起こりえるはずがないのです。民事においても同様と考えられます。検討をして自己判断で行わないことを決めた、弁護士に相談して取りやめたなどということもあり得るわけですし、そんな深い意味はないただの放言だったにせよ、そもそも裁判は害悪ではないので、害悪の告知という要件を満たしようもありません。

極めて限定的に、大企業の幹部のような権力者が、その背景と権力を盾にまったく力のない一私人をやりこめるかのような手法で畏怖させた、暗に生命や財産を奪うような告知を行うことの一連の発言で裁判をほのめかしたなら、わずかにありうるかもしれません。しかしそれはあくまで、生命や財産を奪うようなほのめかしという刑法第222条の要件にスポットライトが当たっており、裁判を起こしかねないことが主体ではありません。
一部の専門家と思われるサイトで「害悪の告知が犯罪となりうる」と書いているのはこのレベルの話であって、一般的には日本国憲法第32条を阻害する、掲題のような発言の方がよっぽど委縮効果を狙ったものです。

私のことをX(Twitter)でフォローしている方の大半はかなり年下であるため、どうしてこのような発言が流れ始めたかを記憶の限りで解説します。
2000年以前、たとえばニフティ掲示板であるとかそのようなコミュニティでは掲題の発言を目にしたことがありません。
2001年ぐらいに「2」から始まる日本の恥部である掲示板にて、ちらほらと見かけるようになりました。最初の頃のネット住民はそれなりに知識がありましたからもっともらしく、大正時代の判例に類似のものがあるといったことを挙げていました。異なる憲法下の、インターネットもない異なる状況の判例で、たった1例。取るに足らないのですが、一応の理論武装だったのでしょう。
そして、それ以降は有象無象の一般人がインターネットを利用するようになり、伝言ゲーム式に拡大解釈や都合の良い解釈がなされ、今もなおネットの海にデマとしてウソが流れ続けているわけなのです。20年経ってもまだ目にするとはネット古参にとっては驚愕しかありません。

大切なのは、掲題の発言を最初にしていた人々の動機は何かということです。インターネットが彼らにとって都合のいい無法地帯で、体育会系気質の警察が苦手とする世界、ネットの事件が裁判に至ることもほとんどなかった状況でした。
今ではネット上の事件が、リアルでテレビや新聞に報じられる時代になりましたが、当時は「ネットで起きたことはネットで収めよう」みたいなノリが存在しました。要するに、無法地帯にしていた人にとって都合のいい世界を構築・維持したい願望を換言した内容です。
しかし、現在はそんなことはなく、インターネットリテラシーも浸透して、問題はあれど一定の秩序の中で運用される社会になりました。

そんな中でいまだにデマが流れ続ける理由、わかりますよね。現代文の出題風で恐縮ですが、書き手にとって都合のいい方向性にもっていきたいからに他なりません。
損害を出してしまった、誹謗中傷をしてしまった、個人情報を書いてしまった、相手は当然に怒っている。裁判を検討していると言われてしまった。そんな時に、極めて劣勢な場面で苦し紛れに発する言葉が掲題の内容です。本当に問題がないのであれば「裁判を起こすのはあなたの権利ですのでご自由にどうぞ」と返せばいいだけなのです。権利を理解していることは素晴らしいですし、落ち着いて返答する態度は第三者からも好感を持たれやすいでしょう。
反対に、自分にリーガルな部分はもちろん、倫理的にでも、わずかにでも、落ち度があると思えば、その点については撤回や謝罪を行えばよいことです。大半の場合は些細な口論であれば解決します。その上で、正当な主張や批判があれば別途行えばよいのです。

掲題の文言は、SNSに接していれば年に何回かは目にする発言かと思います。現在ではこのような背景を知らずに、単にネットで聞きかじった知識として出してくるケースがほとんどです。まったく関係のない第三者であれば読み流せばいいですが、友人や知人、FFなど関係がある人の場合は「それはデマだよ」と伝えてあげることも優しさなのかもしれません。

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