見出し画像

哲学的批評:サカナクション(1)

1
 日本の音楽批評シーンはそんなにアツくない。とくに現代の音楽シーンでの批評は、その量が圧倒的に少ない。
 音楽批評は、他の芸術作品への批評よりも格段に難しい。音楽はおもにリズムとメロディー、さらに詞がある場合が多い。これが組み合わさった状態である音楽を、いったんそれぞれの部品に解体し、各部品を調べ、それらが組み合わさったときのことも調べ、あたかも部品を解体しなかったのように調べなくてはならないからだ。なぜなら、音楽はまず部品になんか解体できないからだ。音楽は部品に解体された瞬間、音楽でなくなる。ほかの芸術作品もそうである。文学作品の批評では、テーマ、文体、象徴、作家性、といった各部品は切り離せない。しかし、音楽作品はこれを歌詞として内包しているときがある。つまり、音楽作品(とくに歌詞のあるもの)は切り離せる部品の数が他の批評対象よりも多い。しかし、切り離してはいけない。
 批評家は音楽をなるべく批評対象として避けてきたのは、たぶん方法論的なレベルで困難が生じているのだろう。どうやったら、音楽をリズム、メロディー、歌詞などの部品に分けるのではなく、音楽そのものとして解釈し、批評できるのか、わからないのだろう。そして、批評—これはもちろん、すべての批評に通じることだが—にはつねに責任が伴う。誰に対しての責任かといえば、それはその音楽を何らかの形で感受しているすべてのひとたちである(注1)。とくに現代の音楽を批評する際は、その音楽を感受している人たちは、批評をする人と同じ時代にいるので、責任感(責任ではない)が自ずと強くなる。音楽批評の方法論的な障壁と音楽批評に伴う責任(感)は、いまの音楽批評、そして音楽に対する我々の感受性の乏しさにつながっているのだろう。
 音楽が感受ではなく、消費されている時代に、音楽そのものに注目が向かない中、2007年にメジャーデビューしたサカナクションというバンドは、音に対する執着(サカナクションのボーカル山口一郎は、よく自分たちのことを「ただの音楽好きな兄ちゃん姉ちゃん」と表現している)と歌詞の「文学性」が高く評価され、2013年に紅白歌合戦への出場を果たし、ロックバンドとして初めて映画の劇中音楽で日本アカデミー賞を受賞し、ファッションブランド・アンリアレイジ(ANREALAGE)のパリコレの音楽を最近では毎年担当している。
 歌詞を書いているのは、曲を作っている人と同じの、サカナクションのボーカルの山口一郎だ。山口一郎自体おもしろい人間だ。彼について語ることはたくさんある。しかし、彼についてしか語られないことがほとんどで、彼のつくる音や詞にはあまり触れられない。そして、バンドとしてのサカナクションもあまり語られない。これについては、山口をフロントマンとしてプロモーションしていることが影響しているが、音楽はサカナクションがつくって発売している。岩寺基晴 (Gt)、草刈愛美 (Ba)、岡崎英美 (Key)、江島啓一 (Dr) の四人(下克上メンバー) (注2) も、口数は少ないものの、サカナクションの重要なメンバーたちだ。
 サカナクションのつくる音楽はずいぶん緻密である。この事実に気づいている人は相当数いると思う。例えば、サカナクションの最新作『834.194』は前作『sakanaction』からおよそ6年ぶりのフルアルバムである。なぜ6年もかかったのか、という問いの投げ方というよりも、なぜ6年もかけなければならなかったのか、という問いが必要だ。しかし、どのように緻密なのか、はよくわからない。よくわからないから、調べようと思った人たちは例えば、「サカナクション解体新書」を主催する人(注3)や『834.194』を音楽的に分析するYouTuber(注4)など。この人たちにも触発されながらも、書いている。しかし、もっとも重要なのは、自分自身がサカナクションのファンであることである。ほかのロックバンドの曲を聴いても、サカナクションの音楽に戻ってしまうのはなぜなのか。それは、その音楽がどこまでも緻密で、どこまでも「深く」我々を潜らせているからだ。
 そして、サカナクションの音楽はなにを伝えたいのか。マジョリティとマイノリティとの間の境界線をまたいで、なにを伝えるのか。サカナクションの曲の分析とサカナクションについての背景知識を総合し、哲学的な批評へと展開する。これによって、すこしでもサカナクションが曲、ライブなどの活動、概念的な作業からなにを聴き手に伝えたいのか、を探る。(続)

注1:拙論「運動としての批評」を参照。
注2:昔、サカナクションのファンサイト上で、「下克上ラジオ」をこの四人で配信していた。
注3:関西学院大学の大学院生であるRAYが始めた、サカナクションの楽曲の歌詞を言語学的に解釈しようとするイベント「サカナクション解体新書」については、例えば、http://note.mu/sakanashinsho/n/n8c7b94b4c4b7を参照のこと。
注4:ぱくゆうチャンネル、「【こちトラ自腹じゃ #145 】834.194 / サカナクション」、2019/6/21、http://www.youtube.com/watch?v=VB82N4dOPUo

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?