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【短編小説】山野辺ゆきみと篠井研/冬
始業式のあと、下駄箱で靴を履き替えたけんちに「よう」って挨拶したら、けんちは最初、知らない人用の顔でアタシを見た。それから、「は?」って言って、目をパチパチさせた。
「べゆみ、髪」
アタシの髪は、肩甲骨にかかるぐらいあったんだけど、新学期が始まる前に、耳が隠れるぐらいに揃えて切っちゃった。
「なん……なにそれ」
アタシが自分の長い髪が大好きなのを、けんちは知ってる。
「姉ちゃんとケ
【短編】庸川姐妹、再会に遊ぶ
汎州は胡門府、庸川区。幅広の川による水運で豊かな土地は人の流れも早く、栄える街独特の揉め事も多い。
そうした揉め事を解決する街の顔役のひとつに、馮家がある。あまたの食客を抱え、赴任してくる官吏よりも重んじられる一家である。
その馮家の末娘である馮夏杏は、川沿いの森で木の幹を蹴って、人影を追っていた。
「返せえ!」
数丈先の相手に大きな声を張り上げ、夏杏は、真新しい剣の鞘を握りしめた
山野辺ゆきみと篠井研
学校帰り。
校門前でわたしを呼び止めたべゆみと、がんセンターの真ん前にあるデイリーヤマザキで買ったアイスを食いながら、川沿いの遊歩道をだらだら歩いている。やすらぎ堤とかいうのんきな名前だけど、わたしとべゆみがここを歩くのは、あんまり楽しいことがない時だ。
「あー、姉ちゃんの車どっかで壊れねーかな」
べゆみは学校指定の鞄を振り回す。わたしはそれを足を止めて避ける。べゆみの担任は置き勉禁止
あわいのデバッガーズ
「あのォ、ここ、無敵のアレイさんの事務所っすか?」
自宅兼事務所のインターフォン画面に、IKEAのクソでかい青鞄を肩にかついだ、ニットワンピース姿の赤鬼が映っている。
新手のバグか?
無敵のアレイ、こと、私、坂本亜鈴はボンヤリそう思いながら、口から現実的な警告を発した。
「警察呼びますよ」
「待ってくださいっす! ちょっと待って!」
赤鬼がそう言いながら、IKEAのクソでかい鞄
青島Capriccio①悪食ハンス
アルプにも好みの味は色々あるが、ハンスは特に、困り果てた若い女だけが持つ、鋭い苦味を愛していた。
その悪食が災いし、悪い卦に当たることあまた。今回もそうらしかった。
「僕は帰るぞ。好きに始末をつけ給え」
幼い美貌に似合う冷たい声で言い残し、ハンスより2世紀(ふたまわり)年上の朋友、ドミニクは窓から逃げた。この朋友は、ハンスを必ず一度突き放す。ここが膠州湾租借地と呼ばれる頃から、ずっとこ