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マーラー第6の終楽章の謎

昨年6月ころ,マーラーの交響曲について書いた。

グスタフ・マーラーとの出会い 交響曲第1番
マーラーの「復活」は教会で聴きたい
マーラーの3番 (1)
マーラーの3番 (2)
マーラーの"アダージョ"の真骨頂 交響曲第3番第6楽章
映像の力:マーラー第6交響曲の場合

このとき,第6交響曲の終楽章について書きたいことがあったのだが,どこにも,誰も書いていない内容だったので,もう少し調べてから,と思ったまま日が過ぎていた。原稿は次の冒頭部分を書いただけだった。

 マーラー第6交響曲の第4楽章について考える。
 どうにも奇妙なことがあるからだ。
 どの本にも書かれていない。スコアの解説にも,Web上にある解説にも書かれていない。なぜこんなに重要なことを,と思うのは,アマチュアゆえの錯覚なのだろうか。
 マーラーの交響曲は全部で11曲。しかし9番目は「大地の歌」と名付けられ,10番目が第9番になっている。11番目は未完成だ。できているのは第1楽章だけ。あとは断片。9番目を「第9番」としなかったのは諸説あるが,このさいそれはどうでもよい。問題は,次の通説だ。
 マーラーはいくつかの歌曲も作曲している。しかも,オーケストラ伴奏である。
交響曲第1番から第4番まではその影響を強く残し,それらの歌曲から題材を得ている。第5番で歌曲からは離れた。

その頃から,(もう少し前か)モーツァルトとマーラーについて書かれているマエストロ・ベンさん(今は末廣誠さん)の note を読んでいた。テーマはマーラーにおける鳥。
しばらくぶりに記事が出た。

鳥がテーマで9番となれば,第1楽章のフルートソロ。そこで,ちょっとだけコメントを書いたら,コメントを返された上に,フォローまでしていただいた。こうなると,中断していた第6の話を,研究途中であっても書かねば。
 というわけで,先ほどの続き。

問題提起

第5番で歌曲から離れた,と言われる。しかし,そうだろうか。
「マーラーのアダージョの真骨頂」に書いたように,第3番の第6楽章はときどき単独で聴くが,その前から聴くこともある。
ある時,第5楽章を聴いていて,「あっ」と思った。これ,第6だ。
何度も出てくる音型ではない。ここにちょっとだけあるきり。

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ビオラに続いてアルトが歌う。これが,第6番の終楽章にあるのだ。

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クラリネットの低音で始まり,音域が切れてしまうのでバスクラ・ファゴットに引き継がれる。
106 と書かれているのは練習番号。小節でいうと49小節目。これが終楽章全体に渡る主要テーマのひとつだと思うのだが,そう書いているものを今までに見たことがない。マーラーの楽曲解説本,Web,ミニチュアスコアのはじめにある解説。
 第6の終楽章についての解説は,たいていハンマーの話。3回あったのが2回になったとか何とか。「動機」として拾われている譜例がいくつかあるが,その中に,これはない。なぜ?
 他にも疑問はある。最初のヴァイオリンの出だしは,「序奏」として扱われることが多い。

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しかし,これはまぎれもなく「テーマ」ではないか。なぜなら,そのあとのチューバ。

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この,2分音符のオクターブ跳躍は,至る所に出てくる。もちろん,静かに沈んでいく終末もそうだ。

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この主要テーマ:オクターブ跳躍と,ここで問題にしているテーマは,あとで関連付けされていくのだが,まずは問題にしてるテーマについて調べていこう。

交響曲第3番の該当箇所はなにか

引用した譜面には歌詞がついている。これはどんな歌詞か。Webに対訳が載っている。「梅丘歌曲会館」の「詩と音楽」にある。

Alto Solo
Und sollt’ich nicht weinen,du gütiger Gott,
  Du sollst ja nicht weinen! Sollst ja nicht weinen!
Ich hab’ übertreten die zehn Gebot!
Ich gehe und weine ja bitterlich!
  Du sollst ja nicht weinen! Sollst ja nicht weinen!
Ach komm’ und erbarme dich!
Ach komm’ und erbarme dich über mich!
アルト独唱
どうして私が泣かずにおられましょう、御身 慈愛に満ちた神よ
  お前は泣かずにはいられまい!泣かずにはいられないのだ!
私は十の戒めを踏みにじってしまいました
ですから私はさまよいながら激しく泣くのです!
  お前は泣かずにはいられまい!泣かずにはいられないのだ!
ああ 来てお慈悲を!
ああ 来て私にお慈悲をお与えください!

前述の通り,このメロディーはここに一度出るだけだ。
しかし,ちょっとだけ出たメロディーが,そのあとの交響曲の主要テーマになる例は,マーラーには他にもある。第5番の第1楽章,トランペットの葬送のテーマだ。この「トランペットの3連符」が第4番にちょっとだけ出てくる。
 第4番だから,歌曲からとっているかもしれない。しかし,歌曲の中から探したがよくわからなかった。

第6番での位置

 第6番の「悲劇的」は,何が「悲劇的」なのか。よく,妻アルマの日記を引き合いに出して語られる。
 しかし,第3番のアルトの歌がその動機となればどうだ。「三人の天使がやさしい歌を歌っていた」の中で,アルトは,主イエスへの懺悔を歌うのだ。
 この「罪の意識」「懺悔」が,クラリネットの低音によって,重苦しく歌い出される。ここは,単なる経過句ではない。なぜなら,少しずつ音型を変えながら,そのあと何度も出てくるのだ。

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ここでは,トランペットからヴァイオリンと木管に引き継がれる。その後に,オクターブ跳躍のテーマがあるのも見逃せない。ヴァイオリンでまだ続く。

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そればかりではない。2度目のハンマーが叩きつけられた後,金管がフォルテシモでゆったりと歌うのはこのテーマの変形だ。トランペットに注目。

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その後,フォルテシモの全奏ではこうなる。練習番号141から。

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そして,最初に出てくるオクターブ跳躍の主要音型に続く。上下行は逆だが。

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この後,冒頭と同じ形が出てきて,曲は終盤に向かう。練習番号158のあとにまた登場。

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この四分音符4つの音型はオクターブ跳躍の主要テーマと融合する。

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そして曲はエンディングへと向かうのだ。

第6番は英雄譚か

 打ち下ろされるハンマー。アルマの日記に,「英雄は3度目のハンマーで倒される」と書かれていることがよく引き合いに出される。まるで,英雄譚かのようだ。
 しかし,第1楽章の短調のマーチ,第1楽章と似たようなイメージの第2楽章(または第3楽章),第3楽章ののどかな田園風景に続くこの終楽章は,やはり,マーラー自身の内省を音楽にしたものと言うべきだろう。