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【人間】報復、下剋上、快感

こんにちはモテを語る悪い猫です。モテからたびたび脱線して、今回はこちらのツイートについて少し掘り下げていきたいと思います。

きっかけはこちらの活動家の破壊行動です。

皆から愛されるゴッホのひまわりに環境保護の名目でトマトスープをかけた動画が炎上中です。「アートと命どちらが大事か」というテーマのようです。

でも、この話は、特別な趣味嗜好を持った人間だけが陥る罠ではなく、かなり普遍的な情動なのですよ。我々すべての一般人が持っている破壊情動なのですよね。

人間は超凶暴、報復の味は蜜の味

「自分より強い立場の人間を引き摺り下ろして踏みつけたい」というのは、普遍的な殺傷快感なのですよ。かつて、9年前に大流行したドラマ『半沢直樹』のこのシーンを覚えている方も多いではないでしょうか。

結局、ドラマ半沢直樹は大和田常務という権威的に強い立場の人間を引きずりあろして土下座させて靴を舐めさせるために、その背後の腐敗を暴く超美味しい脳汁ドバドバストーリーだったわけです。

香川照之さんの名演技には脱帽してしまいますね。「こいつを苦しめながら殺したら楽しそうだ」と観客に思わせる迫力が完璧です。

これを20世紀の悲劇を踏まえてピンカーは『暴力の人類史』で赤裸々と綴っています。少し長いですが、第8章:内なる悪魔より、そのまま引用していきます。

人間の本来持つ破壊衝動について:

あなたは、嫌いな人を殺すことを想像したことがありますか?

男性では70~90%、女性では50~80%の人が、過去1年間に少なくとも1回は殺人の妄想をしたことがあると研究では認められていました。

私が講義でこの研究結果を紹介したとき、ある学生が「当たり前だろ、いいえなんて答える輩は嘘つきだ!」と叫んでいた。

スティーブン・ピンカー、The Better Angels of Our Nature (pp.483-484). ペンギン出版

殺人を夢想しない人たちでさえ、殺人をする、あるいは殺人を見るという代理体験から強烈な快感を得ている。

人々は、血塗られた仮想現実の数あるジャンルのいずれかに没頭することで、膨大な時間と収入を費やしている。聖書物語、ホメロス物語、殉教物語、地獄絵図、英雄神話、ギルガメッシュ、ギリシャ悲劇、ベオウルフ、バイユー・タペストリー、シェークスピア劇、グリム童話、パンチとジュディ、オペラ、殺人ミステリー、ペニー・ドレッドフル、パルプ・フィクション、グランギニョル、殺人バラッド、フィルム・ノワール、西部劇、ホラーコミック、スーパーヒーローコミック、スリーストゥージ、トムとジェリー、ロードランナー、ビデオゲーム、カリフォルニアのある元知事が主演する映画など。

文学者のハロルド・シェクターは、『野蛮な娯楽:暴力的エンターテイメントの文化史』の中で、今日のスプラッター映画は、何世紀にもわたって観客を刺激してきた、拷問、身体切断、公開処刑に比べれば、穏やかなものであると書いている。

スティーブン・ピンカー、The Better Angels of Our Nature (pp.483-484). ペンギン出版

そして、報復の物語はそのよき調味料となります。

自分を傷つけた相手を痛めつける行為は、古くから多様な修辞で散文的に称揚されてきた。

ヘブライ語の聖書は復讐にこだわっており、「血を流す者はその血を流されたり」、「目には目を」、「復讐は我にあり」といった痛烈な表現が綴られている。ホメロスのアキレスは、復讐を「人の胸から煙のように湧き出る、流れる蜜よりも甘いもの」と表現している。

(中略)

ニューギニアのある男は、叔父を殺した犯人が矢で半身不随になったと聞いて、「まるで羽が生えたような気がする、今にも空を飛べそうだ。とても幸せだ 。」と言ったという。

スティーブン・ピンカー、The Better Angels of Our Nature . ペンギン出版

また、報復に加えて「自分よりも高い権威の者を引きずり下ろす加害快感」については以下のようにまとまっております。

他者の痛みを楽しむことのもう一つの魅力は、支配欲の満足である。特に、自分を苦しめていた人たちが、どのように転落していったかを見るのは楽しいものだ。

そして、転落した者たちを見ているとき、他人を支配する自分自身の力を自覚できてしまう。自分の意のままに人を苦しめる力ほど、他人を支配する力の究極の体現となるものもないからだ。

スティーブン・ピンカー、The Better Angels of Our Nature . ペンギン出版

日本語版ではKindleがなくて不便ですが、名著なので読みましょう。全体的には「人間の非暴力化の歴史」ですが、暴力の話がてんこ盛りなので、逆に人間赤裸々刺激好きには楽しめるタイプの読み物になります。

(多分『監獄の誕生』が好きなタイプはこれも好き。)

戦争プロパガンダのテンプレート

こう書くと反革命的な響きが強く左巻きが噴飯しそうですが、実は、この「巨大な悪の権威を逆転支配したい」という下剋上の叛逆の情動は、数々の右翼的な戦争プロパガンダに使われてきたわけですよね。

目先の宇露戦争で起きていることで言えば、こういう論理が使われているわけです。

ロシアの目標、あくまで「ウクライナの非ナチ化」

ナチスというのは巨大な悪の権威主義体制なわけですよ。

それを解体するとなれば、ロシア国民は自分たちの格好良さに心酔してしまうわけです。「次のファシズムは反ファシズムを掲げる」を地で行くような光景ですね。

戦術レベルの話で言えば「偽旗作戦」と言われるものです。

戦争なんてものは「これから我が国が侵略始めまーす!チース!よろしくーす、まじ、侵攻楽しい俺TUEEEE、パネエわ。」なんて論理で始まりません。以下のロジックで共感性を持った心優しい人間たちが納得して始めるものです。

「いじめっ子の国を懲らしめてやろう。」


あくまで「強そうで傲慢そうな力を持つ者へ」の「勇気ある我々正義側」の下剋上の挑戦であるということにするわけです。勧善懲悪ですね。

いや、お前らがいじめっ子や!なんてツッコミは通用しません。

水曜日のダウンタウン:浜田たむけん版:「お前や」

なぜ、笑うのでしょうか?彼らの正義はホンモノなのですよ?

国家主義と総動員体制の万能感に浸り込み、悪者の苦しみに快感を覚えるためには、自分たちがヒーローでないといけないわけです。

「偽旗作戦」というものになります。

数々の偽旗プロパガンダを見ていきましょう。

中越戦争:
「ベトナムが同盟国カンボジアへの侵攻してまーす。同国内の中国系華人を追放、虐殺してまーす。」

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E8%B6%8A%E6%88%A6%E4%BA%89

湾岸戦争:ナイラ証言
「イラク軍がクウェートで、新生児をぶっころしてまーす。」

日中戦争:暴支膺懲
「盧溝橋こわしましたー、通州事件で日本人虐殺しましたー、シナ人に天誅を加えまーす。」

どれもこれも「悪いいじめっこの国を懲らしめてやりましょう!」でしかありません。戦争の正義というものはいつも「半沢直樹」なのです。

美術品破壊なんて生易しい鉄砲玉

「巨大な秩序によって我々は不当に抑圧されている」ストーリーというのは、あらゆる民族、宗教集団で戦争をするために便利な物語だったわけですが、

戦争というのは老人が物語を作り、若者がそれに殉じていく構造です。

国民国家が殺し合う戦争も、国民国家内で被抑圧者が国家転覆する戦争も戦争に変わりはありません。消費されるのはいつも若者なのですから。

たかだか物語に真剣になりおって、なんて考えている人は物語や虚構の強さを理解していません。

人類の文明も破壊も「虚構」から始まるわけですから。

ビジネスではよく「一流の営業は営業だと分からない」のと同じように「一流の虚構は現実にしか見えない」のです。エリート文人が綿密に練った「復讐の物語」を我々が見破る術は実は持っておりません。

若者には、どんなに戦後平和教育を施そうとも、次なる敵を探し求めて、正義を体現する英雄になる栄誉に憧れて、「平和主義」を迂回しながら秩序の下剋上の闘争へと身を投じる欲望に駆られるのです。

そして、老人は常にそれを利用します。

所詮、我々にできるのは「人間の本来の殺傷快感」に対して自覚を持つことしかないのでしょうか?

そして、さらに話をややこしくしているのは、報復心は善悪や共感で構成される正義だけではない。そもそも人間には自分より強い者、有能な者に対して、あたかも自分が支配されているような感覚があるのですよ。

正義の物語、報復の快感、下剋上のルサンチマン欝憤発散、これらが絶妙に組み合うとき、人生に不満な我々は簡単に人間爆弾になれます。




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