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Be Place 漂うシニアの一日

頑張るな、ただ漂うだけでいい

●無為無策ですが…何か?
取り立ててやるべきこともなければやりたいこともない。自由といえば聞こえは良いが、何もなさすぎるというのもどうかと思う今日この頃。じゃあ、趣味はなんですか?と聞かれたら何と答えようかと考えたりしたら、まったく思いつかないどころかあらためて人としての幅の無さを余計に実感して気分が重くなる。本来、趣味なんてものは考えて始めるものじゃないだろうと居直ってみたもののやっぱりそれはそれで虚しいひとりごとか。それでも明日はやってくる。
 目的や目標、趣味嗜好が少しでもあれば「居場所探し」の糸口ぐらいにはなるのだろうがそうではないから困るのが現実。そもそも「そこが場所になる ~ Be Place ~」といわれても、じゃあそこってどこですかと言いたくなりますね。その昔、探すのをやめたときに見つかるのもよくある話だと歌ったシンガーソングライターがいらっしゃいましたが、確かにこんな気分のままでは無理やりアクションしても煮詰まるだけなのでおとなしくするしかないのかと。
 そう、なんとなくきっかけになりそうなヒントはあったとしてもそれすら面倒だったり、またそのためだけにわざわざひとと交わるのも億劫だったりする。無為無策とはいえ朝から晩までずっと家のなかに居続けるわけにもいかない。社会的にも後ろ指をさされない風情でシニアがただ漂う日々を過ごすには。

●何もしないことが絵になる?
 自分自身は特に何もしていないのにあたかも自然に見えている。怪しまれないどころかもしかしたらこの人は何かしらある目的をもってここにいるのかもしれない、そのように長時間いられる場所などいったいあるのか?

その① 散歩
 じっとしていてもろくなことはありません。よほどのことがない限り思考はマイナス方向にしかならないでしょう。ここでいう散歩は身体の健康のためというよりかは心の健康のためと思った方がいいかもしれません。間違っても走るとか、ジョギングというような前向きなイメージを持たず、ただ散策程度に。
 ただひたすら歩くだけとはいえ、椅子に座ってあれこれ思いを巡らすより適度にぶらつきながらのほうが人はいろいろ何かしら面白いことや誇大妄想に浸れたりするものだったりします。
 まったくお金はかかりませんが参考までに服装はできればカジュアルにしたいですね。本格的なアウトドア仕様は必要ありませんが軽くウォーキング程度をイメージするくらいであれば怪しまれずに済みます。時間帯も平日の住宅街ならば夜間より朝や昼間が無難なのはもちろんですが服装も色が明るめだったりするとより安全です。エリアによっては職質されたりすることもあるみたいなので自ら人畜無害なシニアをアピールしましょう。場合によっては車や自転車からの事故回避にもなります。
 ただ、歩くだけに腰が浮かないなら勝手にテーマを決めて、たとえば「街中発見プロジェクト」、「地域散策セミナー」、「散策思考会」とか適当な名称を書いた紙をホルダーに入れて首からぶら下げて歩くのも。まあ、少し変人だと思われるかもしれませんが犯罪者と疑われるよりかはね。

その② バス旅
 乗り物に揺られているときに考え事をしたり荒唐無稽な夢想をしたりするのに心地よさを感じた人は少なからずいるのではないでしょうか。自分自身は動いていませんが身を委ねている乗り物は地点移動をしていて周りの風景も変化の連続です。かといって自分はオペレーションすることなくただそこにいるだけで良いという格好の思考場所ですし、怪しまれることもありません。
 数ある乗り物の中で最適なのはバスでしょう。電車も良いのですが周遊きっぷや特別キャンペーン企画といった期間限定の利用でないと基本的には乗った区間分の乗車賃がかかりますので日常のシニアの漂い思考旅には向いていません。ここはやっぱり始発から終点までのバス旅ですね、路線バスで十分です。
 できれば一番後ろの窓側を確保して始発から。途中下車しないので停車ボタンを押すタイミングとか急ぐ移動でもないので道路渋滞による時間のロスもまったく心配ありません。終点のバス停までゆっくり車窓からの風景を眺めながら物思いに耽りましょう。車内で怪しまれることもありません、目的があって移動しているひとりの乗客です。
 バスを降りたら戻りのバスの時刻表を確認してから、ほとんどの場所は今まで縁のなかった土地なので、まずは散策。期待しなければしないほどもしかしたら発見があるかもしれません。路線にもよりますが運賃もそんなにかからないでしょう、区間一律料金ならゆうことなし。

その③ 釣り
 「釣り」というのは立派な趣味のカテゴリーのひとつで奥深いものなのですがここでイメージするのは趣旨が違います。おまけのようですが時間の過ごし方がメインです。目的は魚を釣ることではなくてただ釣り糸を垂れること、それだけで良いのです。
 糸を垂れることさえできていれば周りから怪しまれることもありません。釣れなくても不思議なことではありませんし長時間いても恥ずかしいことなんかありません。こんな虚無の状態でもまわりからは自然にみられますし、また見た目にもよりますが人生の禅問答でもしているのではないかぐらいに勘違いされることさえありえる場所です。
 しかしながら具体的な場所というと限られてしまうかもしれません。昔ながらの「釣り堀」や、海に面した岸壁や公園が近くにあれば良いのですが流行りの「フィッシングサイト」や湖でのルアー、渓流釣り、海の釣り船などあきらかにそのものが趣味になっていないと入り込めない世界は危険領域です。とはいえ、この釣り糸を垂れる虚無の時間というのは漂うシニアに最適なのは間違いありません。もしもちかくにそんな場所があればぜひトライアルしてみてはいかがでしょう。

●漂うだけですけど、何か?
 社会的に怪しまれないよう、無理せず漂うだけでもいいじゃないですか。沈まないようにしていれば。それこそ徘徊しているといわれないうちにですけどね。

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