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書けないなら 書けないと書かねばならない

文章を書いていました。
語るべきだと思ったことを書いていたんですが、途中でやめました。

特におかしな内容ではない(と思っている)けれど、書いている中で思い直しました。聞きたい人はいないだろうな、と。

ただ、「読まれないから書かないことにした」というよりは
「自分で書いていて楽しくないからやめた」これが直接の理由です。

何を書いてもいいnoteだからこそ、楽しくなくては…というか、自分のためにもならないのであれば意味がない。

先月に出会った宇宙ゾンビが、思いのほか可愛らしいキャラクターだったことを書いた方が、よほど面白い。

このnoteには「出会い」や「感謝」について書きたいと、今のところは思っています。
新しい考え方との出会いも含めて。

それにしても、皆さんの文章は魅力的に感じます。私のこのまとまらない文を並べるのを躊躇うほど。
それでも、形にすることに意味があると思うのです。

あの詩人の谷川俊太郎さんは、書くことに思い悩む姿さえ作品に昇華されていました。


肘ついて
眼は壁をみつめて
私の姿はスフィンクス…

烏滸がましいだとか
卑屈な言葉は放り投げてしまえ
同じ天を戴いているのだから
見据えるか背けるかだ

そんな思いで、今日もnoteに綴ります。

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