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Orphe『HEARTS OF IRON』――Death, death, and death

Orphe『HEARTS OF IRON』、50 blessings、2019を読んだ。『ドールズフロントライン』というソーシャルゲームの同人誌であり、二次創作だ。主にboothで販売されている。

ゲームを知らない人のために書くと、このゲームでは戦術人形(女性)が登場する。そしてこの戦術人形はおおむね実在の銃から名前を取られている。有名な銃だとAK47がキャラクター化されているし、バイオハザードで活躍したコルトパイソンも女性の姿でゲームに出てくる。彼女らは人間の指揮官の命令の下、鉄血という名の機械兵団と戦っていくのだが、あまり深く知らなくてもこの本は読める。シリアスなネタバレはないからだ。たぶんゲームを知らなくても本を読めるが、そこはちょっとプレイするなりして知っておいたほうが楽しく読める気がする。基本プレイは無料だ。

三編の短編が編まれた短編集である。一つずつ見ていこう。

『PARAISO/Thunder.50』

主役はThunder.50という戦術人形で、ゾンビが徘徊する廃墟からのスタートとなる。生存を求めて廃墟をうろつくうちに彼女が出会うのはゾンビを殺しまくる狩人だ。

クセの強い文体で書かれている。コーマック・マッカーシーの影響が見られるが、マッカーシーの文体では句読点があまりなく、動詞and動詞and動詞and動詞……とすごい形で書いてある。いきおい、翻訳するときの作業も大変になる。とにかく地の文が長いため、勢いがなければ読めない文体だ。読むほうも書くほうも勇気がいるが、暗くとも疾走感がある物語なので十分読める。ちょっと引用してみよう。

死人たちが悦びとも恐怖ともつかない虚ろな声を喉から絞り出しまったく無秩序に個々の速度で狩人に迫ってくるが狩人はそれらを両手に握る黒く無骨な構造物で撃ちに撃ち結晶化したヒトだったものの肉と穢れた血を不毛な荒れ地に散らばせると銃を大きく振り(中略)(10ページ)

引用部分を見てもらえればわかるが、常にこの作品では暴力と死がつきまとう。短編集全体が暴力だらけだが、この作品内では閉鎖的な廃墟の中を、暗い色合いで暴力が動いている。登場人物は主人公と狩人の二人で、二人は共に戦いながら対話をかわす。対話の中身は生と死、生き様、目的に関するものだが、身をおいている世界に従って戦いと暴力に関する話になる。とはいえ戦いのみに留まらず、それを突き抜けた先にも論議は展開される。

やがて徘徊は終わりを告げて、廃墟を出る日がやってくる。太陽の下に出た者がどう生きていくかはわからない。しかし廃墟の中の闘争と暴力が、不思議と彼女の生きる糧となっている。生の裏側は死だが、死の裏側も生である。彼女は闘争を軸にしながら生きていくのだろうと思わせた。

『Sleepwalking/AK12』

主役は人間の少年と戦術人形AK12だ。少年は地下シェルターでひもじい生活をしていたが、AK12が買った。殺し屋稼業でカネを稼ぐAKは彼を教育し、同居して生活をともにする。つまり戦術人形が人間を育てているので、主従関係が逆転している。

前半部分はロシアンネームで形作られた日常を過ごす。大人と少年、先生と学生、女と男。かたちを変えながら関係性が動き、生活があるので周囲の人間も出てくる。が、この関係性もやがて変わっていく。

最初からちらほらと暴力が散見されるが、後半になっていっそう暴力がつまびらかになる。暴力の嵐の前では全てが否定され、人や戦術人形、街一つがやがて消滅する。災害に勝てないことと同じである。渦の中心はAK12で、少年は台風の目だ。さながら神とその信徒の関係のように、周囲の環境が破壊されるのに、破壊は少年を避けて通る。どこまでも避けていくので、みんな吹き飛ばされても少年の土地だけは残っている。

AK12と少年の関係は結末としてあまり変わっていない。ひとつプラスされたぐらいかもしれない。しかしすべてを生きて見届けた少年の精神は変化しており、彼はいままでの日常が夢だったように変わっていく。この短編のタイトルは『Sleepwalking』だが、果たして眠っていたのは少年だったのか、あるいは自ら神のように暴力を振り回し、ある意味で変化を受け付けなかったAK12だったのか、読者の感性に委ねたい。

『combative instinct/Vz61』(ゲスト寄稿:武原秋泉)

主人公となるのはVz61という機関銃の名前を模した戦術人形だ。別称はスコーピオンだ。コールオブデューティーとかのゲームにも出てくる。

そしてスコーピオンと対決する戦術人形はイングラム軽機関銃だ。あと、この話はゲーム『ホットラインマイアミ』をリスペクトした話のようだ。ニワトリ型のアニマルマスクが出てくる。

二人とも銃の名前がついているんだから撃って戦うんだろう? と思っていたらまるで違った。銃撃戦もあるが、最も先鋭的なのは格闘戦だ。スコーピオンは「唐手」を使う武術家と戦い、第二ラウンドでは殺手イングラムとの戦いに入る。

ナイフを振る。

バトンで殴る。

突き、爪先で打ち、掌底が唸る。前蹴り。鍵打ち。中段蹴り。

前半までの饒舌ぶりが嘘のように、だんだんと文章が尖っていく。先鋭化し、格闘のみに特化し、他の描写はほぼ消滅するに等しい。銃器が主人公のゲームだが、もはや芸術的といえる格闘戦ですべて賄っている。肉を如何に打つか、削ぐか、相手を壊すか。突き詰めた戦いの果てに決着がある。

SF的なメガロシティでロシアンマフィアがのさばっている土地で、行われるのは武人と武人による肉弾戦である。剣豪小説を読んでいる境地に立たされていたが、物語が終わったのでハッと正気に返った。なかなかできない読書体験であり、三本とも骨太の物語であり、読後感も良かった。面白かった。

《終わり》

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